九太が、泣いていいと言ってくれた。
いつからこんなにもたくましくなったのだろうか。
前はもっと、わたしのほうが慰めることが多かったのに。

宗師さまが紹介してくださった賢者さまの元を訪ねると、賢者さまは驚くことにわたしのことを知っていた。
名前までは知らなかったようだけれど、わたしでも知らない種のことだったり、出生のことだったりと色んなことを教えてくれた。

わたしは、人間のお母さんとバケモノのお父さんの間に生まれた子供だということがわかった。

熊徹―――お父さんがわたしの本当のお父さんではないことは知っていたけれど、物心がついた頃からお父さんと一緒にいたわたしは、今更"本当のお母さんとお父さん"の話をされても戸惑いしか覚えられない。
わたしの知らない人のお話を、まるでわたしのことにように話されている気持ちだ。

賢者さまのお話とお父さんたちのお話を照らし合わせれば、わたしは人間のお母さんに捨てられたと考えられるのだろうか。

賢者さまのお話を聞いて、九太はすごく悲しそうな目をしていた。
小さい頃にお父さんとお別れをさせられて、お母さんは交通事故で亡くなったと九太が教えてくれたことを思えば、九太がそんな顔をするのも無理はないことなのかもしれない。

もしも本当にわたしはお母さんに捨てられたのだとしたら、それはとても悲しいことだ。
けれど、泣くほどのことでもない。
お母さんに捨てられたという事実は一生ついて回るだろうけれど、わたしは本当のお母さんのことをまったく知らないし、なによりも、捨てられたおかげでお父さんたちと出会えたのだ。
こんなにも嬉しいことはない。

だから、九太が泣いていいと言ってくれた時、少し戸惑ってしまった。

こういう時は、泣くのが普通なんだって。

泣かないわたしは、おかしいのかな。

そんなことを「泣いていい」と言ってくれた九太本人に聞けるわけもなく、それでも九太が心配をしてくれたことがすごく嬉しくて、わたしは泣くどころか思わず笑ってしまった。

わたしが笑うと、九太も少しだけ嬉しそうにしてくれる。
いつもふて腐れている九太の笑顔を見るのが好きだ。
だから、九太にこれ以上悲しい顔をしてほしくなくて、わたしは自分の思っていることをそのまま伝えて笑った。


「多々さん、ちょっとお話聞いてほしいの」


九太との間にあったことを、大人の多々さんに相談してみた。

泣いていいと言われたけれど、わたしには泣きたい気持ちがなかったこと。
こういう時、泣くのが普通なのか、と。

すると多々さんは声をあげて笑いながら、わたしの肩にポンッと手を置いた。


「名前はそんなに俺たちのことが好きなのか」
「うん、大好きよ」
「そーかそーか、いやァ、嬉しいねェ。
 親に対する感情は人それぞれで違ェってもんだ。九太のように親に対してネガティブになっている奴もいりゃ、名前みたいに笑っていられる奴もいる。
 けど、それはどちらも間違っちゃいねェのよ。どっちも正解なんだ。
 子供の数だけ、親への感情ってもんがあるのさ」


名前には難しかったか?なんて乱暴に頭を撫でる多々さんの手を振り解けなかったのは、その言葉がストンとわたしの胸に落ち込んできたからだ。

わたしは親に捨てられたことを悲しいと思う反面、それで良かったと思っている。
けれど九太は、親に捨てられるということをとても悲しんで、それは泣きたくなるくらいに悲しいことなんだとイコールで結んでいる。

わたしも九太も、どちらも間違ってはいなかった。

それが解っただけで、胸の内のモヤモヤがどこかへ行ってしまった。
本当は百さんに聞こうと思っていたのだけれど、答えが早く知りたかったので、一番近くにいた多々さんに聞いたことも正解だった。

わたしの種が狼だということも解ったし、わたしについてのことは無事解決だ。


「―――…狼」


そうか、わたし、狼だったんだ。

今になって、自分の種が狼であるという実感がわく。
素早さも、嗅覚の鋭さも、狼として備わっているものだったんだ。

ふと、九太をいじめていた狼三人組を思い出す。
そして、すぐに頭を振ってその三人を消す。
わたし、あんなにこわい顔してないよね。
してないといいけど…。
けど、バケモノの姿をしたら、あんなにもこわい顔になってしまうのだろうか。

なんて一人でひとしきりあわてた後、ふうっと息を吐いて落ち着きを取り戻す。


「……なんで狼になれないんだろう」


記憶にある限りだと、わたしは一度も狼になれたことがない。
お父さんたちにも聞いてみたこともあったけれど、三人にもわたしがバケモノになるところは見たことがないと言われた。

本当に、一度もなったことがないんだ。

とりあえず、狼の耳と尻尾を想像して力を込めてみた。
出ない。

鏡の前でイーッとしてみたけれど、そこにあの鋭いキバはなかった。

賢者さまに会った日、お父さんたちは何か大人だけで話し合いをしていた。
時々こちらを見ていたので、わたしのことを話していることだけはなんとなく理解できた。
お話の内容までは分からなかったので、お家に帰った時にそれとなくお父さんに聞いてみるも、お前が本当に大きくなったって話してただけだと軽くあしらわれてしまった。
その時のお父さんが一度も目を見てくれなかったのが少し気になったけれど、お父さんは人の目を見ないでお話しすることが時々ある。
だから今更その行動を怪しいとも思わないし、本当に世間話だったんだろうなと自分に言い聞かせることにした。

一郎彦も言っていた。
大人になったら、長い鼻とするどいキバが生えるって。

だからわたしも、きっと大人になれば狼になれる日が来るに違いない。

そう思った途端、狼になった自分の姿を想像して足が軽くなった。
狼になれたら、お父さん、喜んでくれるかな。

九太とお父さんの修行も本格的に始まるようだし、今日の晩ご飯は張り切ろう。







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