行き先がバーだと告げられた時点で、もしかして、という予想はついていた。───二つの意味で。
一つは、そのバーは恐らくオーナーの顔見知りが経営しているBar4/7であると言うこと。BGMは一貫してシックなJAZZが選定されていて、その洗練された空間がなんとも居心地のいい場所は、アフターの行き先のなかでも三本指に入る私のお気に入りの場所だ。何よりマスターの神林さんや西門さんともいい関係を築かせてもらっているので、ここなら安心して過ごすことができる。お客さんはそのことを知らないけれど。

そしてもう一つは、


「今日も前回もボトル卸したじゃん?だからさ、この後」


ホテルに行こうと言われること。

この人の最高記録は半年前の50万で、今日も前回も入れてくれたボトルは10万。ボトルを入れてくれたことには変わりなく、アフターに誘われたのも今回が初めてだったので、お礼も兼ねてアフターに付き合っただけであり、正直50万で頭打ちになりそうなこの人は到底キャストをホテルに誘える身分ではない。私じゃなかったら怒られていると思う。

はちみつ色のお酒を一度見下ろしてから、私はお客さんににやりと笑って見せた。


「エンジンかけるの手伝ってくれたらいいよ」


お酒は強い方ではない。ただ、細く飲めば長く飲めるだけだ。
もともとお客さんはお店で卸したピンドンの半分以上を飲んでいたこともあって、勝負はどう見ても私に軍配が上がっている。

ボトルが空になったところで、だいぶ目尻を蕩けさせたお客さんが私の二の腕を引いた。


「ねえ、十分飲んだでしょ。そろそろ……」
「え?私まだエンジンかかってないよ」


さも当たり前の声色で答えれば、きょとんとした目が私を見つめて、すぐにふるふると首が横に振られる。
「俺の負け」と言いながら神林さんにチェックを伝えたお客さんは、西門さんが退勤する間際に出してくれた水を呷った。

帰り支度を進める後ろ姿に「まだ飲みたいんだけど」と言えば、勘弁してほしそうなそれがこちらを振り返った。はじめに仕掛けてきたのはそっちなのに、そんな顔をしないでほしい。
酔いが完全に回ったお客さんは「俺帰るよ、アルコールの限界」とタクシー代だけを置いて、ドアベルの音色と共に姿を消した。

まだ飲みたいなんて嘘だ。とっくにキャパは超えている。
揺れる視野のまま時間を確認すれば、予定していた解散よりも1時間早い2時半。Bar4/7の閉店時間は3時のはずだ。
カウンターに置かれたお札をとりあえずブラの間に差し込んで、自分の分のチェイサーを一気に飲み干して意識を呼び戻す。世界が回ってる。


「お前大丈夫か」


よほど目が据わっていたのかもしれない。左右にぶれる視界と一緒にのそりと顔を上げると、神林さんがカウンター越しに訝し気な顔を浮かべていた。


「切り返し変えた方がいいぞ。自分がつらいだろ」
「波風を立てず、平和的に解決する方法が見つかったらそうします」
「今すぐにでも見つけろ。見てるこっちが心配になる」


ほら、とカウンターの上に置かれたグラスを目で追いかける。まったりとした深い赤色が、グラスのなかで艶やかに揺らいでいる。
おもむろにもう一度胸元に手を差し込んで、ブラに挟んだばかりの1万円札を神林さんに渡そうとすれば手をひらりと跳ね返された。どうやら神林さんの奢りらしい。


「いただきまーす」


アルコールが回った体に、冷えたトマトジュースが心地よい。殆ど一気飲みをするように流し込めば、水の入っていたグラスがまた満たされていた。この人のこういう些細な気遣いが好きだ。


「……神林さんがお客さんだったら大喜びだったなあ」


たぶん、きっと、枕も厭わなかったに違いない。
そんな思いをぽつりと呟けば、ライターの蓋がキンと鳴って次第に煙草のにおいが広がった。


「勘弁しろ。俺はお前にそういう金の使い方はしたくねェよ」


きゅん、と胸のあたりが疼いた。
口許のほくろが優しく動いて、その様子に見惚れていると細身のブレスレットを身に着けた手が長い髪をかき上げる。


「お前を心配してるヤツのために、もっと自分を大切にしてくれ」


私を心配してくれている人が誰なのか、それを問うのは野暮だろうか。

すっかり冷静さを取り戻した私は、ホテルに誘われた時の翻し方よりも、目の前のマスターをどう振り向かせればいいのかを考え始めていた。







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