小さな両手に包まれた2Lのペットボトルが、音もなくチリの目の前に差し出される。


「チリちゃん、これ開けてー」


間髪入れずにそれを受け取ったチリは、カリカリと音を立てて固く閉ざされていたキャップを難なく捻り開けた。
開栓したペットボトルを返そうと腕を伸ばしたところで、頼んできた本人が二つのマグカップを用意しているところが見えたので、チリはそのまま反対の腕を伸ばしてマグを促し、ペットボトルの中身を二つ分のマグに注いだ。


「ありがと」
「名前はほんまひ弱やなぁ」


ピーナッツバターやピクルスの瓶だけに留まらず、2Lペットボトルのキャップですら開けられない彼女は、いつもこうしてチリに助けを求めてきた。

中身の入ったマグを受け取った名前が、小首を傾げてチリの隣に腰を下ろす。
名前の体重ではあまり傾きもしないチリの半身に身を寄せて、マグの中身をちびりと啜っていた。


「チリちゃんにやってもらった方が早いだけだもん」
「一人暮らしの時は自分で開けられてたんかいな」
「当たり前だよ。……毎回手の平すごく痛かったけど」
「ほら見てみぃ」


チリ自身も、抜きんでて力があるわけではない。
背丈が平均数値よりも高く、その分力が備わっている程度だ。

それにしたって、名前は力がなさすぎる。

初めてそう思ったのは、彼女とポケモンバトルを交わした時だった。
テラスタルオーブ発動時には周囲一帯に強風が吹き荒れ、体中に響き渡るほど凶暴な躍動が生じるが、学生でも二つの足で立って耐えらる者がほとんどだ。
だと言うのに、名前はテラスタルオーブを両手で抱えてもなお足りず、フラフラと二、三歩ほど後退してようやくバランスを保てていた。

あまりの惰弱さに彼女のポケモントレーナーとしての行く末が心配になるのと同時に、言い知れない庇護欲を掻き立てられたものだ───その庇護欲が後に恋愛感情へと発展したのかもしれないが、今は割愛しておく───。


「まあ、チリちゃんには迷惑かけてるもんね。ごめんね」
「なんで謝んの?どんな形であれ、名前がチリちゃんのこと頼ってくれるんは嬉しいことやで。それが名前にとって当たり前になってるなら尚更」
「……そっか、ありがとう」


何でも一人で解決しようとしがちな彼女だからこそ、チリの言葉は限りなく本心だった。

困り事と直面した時、名前のなかで「どうしよう」ではなく真っ先にチリという選択肢に辿り着いているという事実が、名前にとってチリが当たり前の存在へと変化していることのあらわれだった。
嬉しくないはずがない。


「チリちゃんと一緒に暮らすようになってから私のQOLがシビルドン上りだよ」
「せやろせやろ。チリちゃんも名前と一緒におられる時間が増えて嬉しいわ」


決して強いわけではない力で名前を引き寄せれば、平均数値の体はいとも簡単にチリの膝の上に舞い降りる。
突然変わった景色に目を白黒とさせている様子を軽く笑い、チリは目の前の湿った唇に吸い付いた。

戯れに唇を押し付け合い、ふとした拍子に舌を差し入れて弄ぶ。
触れ合う舌の動きに合わせて、チリの肩に乗った手がいじらしく動いていた。


「あかん、止まらんなってきた」
「チリちゃんのせいだよ」


フッと二人で笑い声を漏らし、チリは名前の体を強く抱き締める。


「ほなベッド行くか?」


耳元に寄せた口で、答えのわかりきった問いかけをすれば、チリの体に巻き付いた細腕にぎゅっと力がこもった。


「……チリちゃん、運んで」
「えー、ペットボトル開けてのノリで言うやん」


唇の先をツンと尖らせて言えば、名前は眉を下げて至極残念そうな表情を浮かべる。
許されると信じてやまなかった我儘が通らなかった時の子どもみたいだと、チリは内心ほくそ笑んだ。


「───なーんて、名前のことはチリちゃんが恭しく運んだるって」


隙をついて横抱きにしてやれば、腕の中から小さな悲鳴が上がる。

ポケモンバトルでは己の肉体を直接使うわけではないが、人間よりも重量のあるポケモンが身近にいる以上、日常的に力が必要になる場面は少なくはない。
行く手を塞ぐドオーを転がし退かすことを思えば、自身よりも背丈の低い名前を抱き上げることくらいチリには朝飯前だった。


「名前の我儘はぜんぶチリちゃんにだけ聞かせてや」


自分にだけ気を許し、だからこその我儘なのであれば、何が何でも叶えてやりたいのだ。
2Lのペットボトルだって喜んで開栓してやるし、ソファで寝落ちをすれば優しくベッドに運んであげたい。
まさに、惚れた弱みだった。

蕩けるような笑みを浮かべたチリの表情に眉頭をきゅっと引き寄せた名前は、恥ずかし気に視線を彷徨わせた後にチリの首に柔らかく腕をまわす。


「……いっぱいして」


紡がれたとんでもない我儘に、チリは生唾を飲み下しながら「どないしたろかなこいつ」とこうかばつぐんを食らったポケモンのように両目をぎゅっと閉じた。







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