やけに上機嫌だなとは思った。
昼休みを迎えた今も朝の機嫌は継続中のようで、鼻歌を奏でながらスマホをすいすい弄っている。


「何かあった?」


聞かずして当てるのは無理だ。
天獄のご機嫌ポイントはいまだによくわからないし、それこそ昨日の晩御飯が好きな食べ物だったというだけの可能性もあるのだから。
一つ言うなれば、競技ダンス絡みで機嫌がいいわけではなさそうだということだろうか。
競技ダンスが絡んでいれば、逆に静かに感情を滾らせるのが彼だったからだ。

天獄はスマホから視線を上げて、その小さな瞳で私の両目を真っ直ぐに捉える。


「俺、舌にピアスあけたじゃん?」
「うん、あけてたね」


ベッ、唇の間から濡れた赤色が垂れ下がり、銀色のまあるいピアスのヘッドが肉厚な舌の上できらりと光る。
どことなく妖艶な光景に内心どぎまぎしながらも努めて冷静に返事をすれば、天獄は長い前髪をなんでもないように揺らして顎を少しだけ下げた。


「昨日、ヘソにもあけたんだよねぇ」
「だから機嫌がいいの?」
「そういうワケじゃなかったんだけど、俺、機嫌よさそうに見えた?」
「うん、それはもう」
「アハハ、じゃあ機嫌がいいんだわ」


ピアスをあけて機嫌がいいとは。
想像すらしていなかった終着点に僅かに息を止めていると、ねえ、と天獄の瞳がもう一度私を見つめた。


「見る?」


見る?なんて、まるで昨日から飼い始めた犬でも見せるような軽い口調なのに、制服のシャツを握る大きな手の動きは嫌に緩慢でじれったい。


「……見せなくていいよ」
「えー、俺は名前チャンに自慢したいのに」


別に天獄のボディピアスなんて興味ないし───嘘、少しだけ見たい───、第一教室で見せつけられたところで反応に困ってしまう。
周りの目も、あるし。

唇をツンと尖らせて「ちぇ」と再びスマホを弄り始めた天獄の旋毛を眺めて、私は動揺を誤魔化す言葉を探す。
そうして見つけたそれは、一方的に気まずさを孕んでしまった空気を中和するのに丁度いいと思った。


「さっきから天獄が私のこと誘ってくるー」


誰かに助けを求めるような、冗談を言うトーンで、明るく、笑いを含めてそう言った。

スマホの画面を撫でていた天獄の指が止まり、高い鼻先が徐々に持ち上がる。
長い前髪の隙間から三白眼が覗いて、何の感情も読めない表情がじっと私を見据えた。
負けじとこちらもふざけた空気を保ったまま、ヘラヘラと天獄の双眸を見つめ返す。
一瞬、天獄の目が宙を彷徨ったかと思うと、真一文字に結ばれていた大きな口が動いた。

僅かに、ほんの僅かに天獄の片方の口角が持ち上がる。


「バレた?」


あ、確信犯だった。

思わずびくりと跳ねた肩は、きっと彼にはお見通しだろう。
一瞬にして顔に熱が集まり、私は咄嗟に机に突っ伏して赤くなっているであろう顔を隠した。
「照れてる?名前チャンから言い出したのに?」なんて追い打ちをかけてくる天獄の声は、さっきとはまた違った機嫌のよさがありありと表れていて、改めて侮れない男だと自分の軽薄さを反省した。







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