前置きをしておくと、決して油断をしていたわけではない。
間が悪かった。その一言に限る。
否、もう一つ付け加えるとするなら、そいつが他人のことに目を向けすぎる人間だった、と言うのも大きな要因だろう。


「グレース、今いい?」


組織の任務を終えて施設へと戻り、その場に適したグレースの身なりに戻ったところだった。
夜中にも関わらずグレースの部屋のドアを叩いた同僚の女―――名前は、俺が入室を許せば何の警戒心も抱かずに素直に室内へと足を踏み入れる。


「どうしたの、こんな夜遅くに」
「明日の朝にカフェテリアの全体メンテナンスがあるから、使える時間に変更があるよってことを伝えに来たの。グレースがあがった後に広報されたから、知らないと思って」


そんなことくらい文字で言ってこいよ。
あまりにも非効率な行動に若干イラついたものの、こいつがそうするに至った理由も察しているので表面には出さない。

名前はグレース・・・・のことを慕っている。
それがどの感情にカテゴライズされるのかまでは知りたくもないが、何かと理由をつけてグレースと話す機会を設けたがるのだ。

こいつのそういうところは、毛の先程度には健気に思っている。
何と言うか、組織にはいないからかい甲斐のある奴、と言ったところだ。
グレースにそう言った印象付けをする予定は一切なかったのだが、いつからかここの人間には「名前をからかってる時はいつも以上に活き活きとしている」と思われていることをつい先日知った。まァ、強ち間違いでもない。


「そうだったのね。教えてくれてありがとう、知らなかったわ」


そう言えばそいつは嬉しそうに笑い踵を返すも、その動きがふと止まる。


「グレースの部屋、いつもつけてる香水とは違う匂いする?あ、もしかして男の人連れ込んでた?」


馬鹿な勘繰りの後にニヤッと笑ったそいつに、さっきまで共にいた組織の人間が過った。
そいつのやけにきつい香水が移ったのだろう。

些細な綻びからグレースを暴こうとする名前の腕を引き、壁に押し付ける。
さっきまでのドヤ顔はどこへやら、きょとんとした間抜けヅラ―――どちらかと言うとこっちの方が普段のそいつらしい表情だ―――が見下ろした先に浮かんでいた。


「バカね、こうなってしまえば連れ込まれてるのは貴女の方になるのよ?」


男なんぞ連れ込むわけねェだろ、気色悪ィこと言いやがって。

自分の置かれた状況を漸く理解したのか、そいつは顔を真っ赤にして俺の肩を押し返す。
しかし堅気の女が出せる力なんてその程度のもので、こういうありありとした弱さも気に入っていたことを思い出した。

殺される人間の今際の表情も、己の拳で身を守る術も知らない弱い弱い女。
そんな女が一丁前に飛びかかってくるところを、俺の持つ全てを持って捩じ伏せるのが好きだった。







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