名前と賢者の邂逅は、明日の帰り道の道中で行われることとなった。

熊徹は「わざわざ寄り道してまで知るようなことか?」と面倒くさそうに顔を顰めていたが、誰よりも乗り気の多々良と、名前の種について調べていた百秋坊に、種が分からないよりも分かっていた方が何かと良いのではないかと諭され、渋々首を縦に振ったことで話は解決した。

案外あっさりと許しが出たものなので、名前は今まで止めていたらしい息をホッと吐き出していた。
そんな名前の頭を乱暴に撫でた熊徹は、少し先の開けたところで野宿をすると再び歩き始めた。

妙な距離感を保ちながらテントを2つ張り、1つに熊徹と多々良、もう1つに百秋坊と九太と名前で寝ることとなった。

簡単な夕食を済ませた後、熊徹と多々良はすぐにテントへと入っていってしまい、名前も長旅で疲れたのかすぐに眠りについた。

そして次に名前が目を覚ましたのは、まだ日も昇らない時間だった。
もう一眠りしようにも目が冴えてしまい、しかたなくテントの外へと転がり出るために九太と百秋坊を跨いだ。

テントの外に出てみれば、焚き火の傍に影が一つあったことに気付く。
名前は目を擦りながらその影に近寄り、そっと隣に腰を下ろした。


「眠れねェのか」
「ううん、起きちゃったの」
「そうか。飲むか」
「うん、ほしい」


差し出された湯飲みを受け取り、名前は湯気の立つ茶に口をつけた。
喉を下る熱に息を吐き出しながら、そっと隣の男にもたれかかる。
男はさして気にした風もなく、燃え盛る炎をじっと見詰めていた。


「―――お父さん」


パチリ、と薪の爆ぜる音が響く。

呼びかけられた熊徹は、そちらを見やることなく次の言葉を促した。


「わたしの種がどんな種でも……お父さんは、変わらずにわたしのお父さんでいてくれるよね」
「何言い出すのかと思いきやンなことかよ。
 たりめェだろ、今更不安になるようなことか?」


今更不安になるようなことだった。

九太という人間と出会い、澁天街に住む人々の、人間に対する恐怖と侮蔑の色をたくさん見るようになった。
名前も今では受け入れられているが、最初は姿を見るたびに騒がれたものだ。
そのたびに熊徹が「コイツは違ェ!」とそれ以上に騒いでくれたおかげで、名前は同等のバケモノとして扱ってもらえるようになった。

名前自身も自分がバケモノであると信じているが、もし、もしも本当は人間だったらと思うと、怖くないわけではなかった。

熊徹が種族差別をするような性格ではないこともよく解っているが、それ以上に、親子の関係が壊れてしまうことが怖かった。

血の繋がりのないこの関係の均衡が保たれているのは、名前が"歴としたバケモノ"だから。
それがもしも人間だとしたら、それこそ、本当に親子ではなくなってしまうような気がしてならないのだ。

そんな意味も含めて、名前は改めて熊徹に問うた。


「お前ェは俺の家族だよ」


逞しい腕が肩を包み込み、そこから優しい温もりが広がる。

初めて熊徹に抱き締められた日。
澁天街で、人の子だと罵られたあの日。
泣きながら帰ってきた名前を、熊徹は黙って抱き締めてくれた。

あの幸せの温もりが、少しずつ名前の目蓋を重たくさせた。


「おとうさん…―――大好き…」


寝言なのか、それともきちんと意思のある言葉なのか。
名前が眠りに落ちた今ではもう知る由もないが、その言葉は熊徹のなかで優しく広がり、目映い明かりを灯した。

雨が激しく打つ地面に倒れた名前を見つけた時は、肝が冷える思いだった。
見ず知らずの子供だと言うのに、放っておく気にはさらさらなれず、気付いたらその子供を腕に抱いて家に駆け込んでいた。

その時の名前の体は冷たく、今でもその冷たさはしっかりと腕に焼き付いている。
あのままにしておけば、間違いなく名前は死んでいただろう。
そう思うと、自分の取った行動は間一髪で思い出しても首筋が冷える。

小さく寝息を漏らす名前の体に羽織をかけてやり、そっと頭を撫でる。
柔らかい髪が、さらりと揺れた。


「例えお前ェが人間でも、俺の娘にゃ変わりねェよ」


あの日掬い上げた命がここまで大きくなり、ひとりだった自分を父と慕い続けてくれているのだ。
今更人間だと言われようが神と言われようが、大切な存在であることには違いない。

熊徹には、守るべき存在が一人増えた。
小生意気で口の減らない人間の子供だが、熊徹のなかでは名前と同じくらいに守らねばならぬ存在となっていた。

そんな九太にも、名前を守れるほど強くなってほしいと願っている。
名前自身は熊徹を守ると言って一人で稽古を積んでいるが、熊徹から言わせれば、女は黙って守られていれば良いのだ。
早く一人前の男になり、熊徹に何が起こったとしても、安心して名前を任せられる剣士になってほしい。
そんな思いが先走り、どうしても滅茶苦茶な稽古をつけてしまうのだ。

これは誰にも言うつもりもない話なのだが。


「―――どっちも手がかかってしゃーねェな、ったく」


軽々と名前を抱き上げ、熊徹は百秋坊の眠るテントへと振り返った。

真ん中で眠る九太をテントの奥へと転がし、二人の間に静かに名前を下ろす。


「熊徹か」
「おう」
「名前と話していたのか」


物音に目覚めた百秋坊が、薄らと目を開けながら熊徹を見上げていた。
先ほどまで隣にいた九太が奥へと移動し、その代わり名前が横たわっているところを見て、なんとなく状況を察する。

起こしてしまったことを詫びながら、熊徹はテントの入り口を閉めた。


「家族会議だよ」
「……そうか」


テントの入り口を挟んで行われた会話はそれが最後で、熊徹も大きな欠伸を零しながら自身のテントへと踵を返した。

本当に名前のことが好きだな、と笑みを零した百秋坊は、もう一度隣へと視線を向ける。
そこには、名前に寄り添うように寝転がる九太と、幸せそうな寝顔で九太に体を向けた名前がいた。







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