ポケモンの写真を撮ることが好きだった。
予測不能に動き回る被写体は撮影の難易度も高く、それ故にいい画が撮れた時の喜びも一入だ。

学生の頃にその渋い魅力に取り憑かれ、課外授業の宝探しは道中で撮影した数々の写真をアルバムにまとめたものを提出した。
初めの頃はスマホロトムでポケモンたちの姿を残していたが、それだけでは物足りなさを感じるようになり、一年進学すると同時にいいカメラを購入した───バトルに関係のないものはLPが適用されないので、ポケモンバトルで獲得した賞金をこつこつ貯金した───。

特にお気に入りの写真はSNSにも掲載し、アカデミー在学中には何度か企業から依頼もらったこともあった。
卒業後は、ポケモン写真家として各地を転々とするんだと思っていた。

しかし、一年もあれば思想や環境が大きく変わることもあり、何度回顧してもアカデミー生活最後の一年はまさにそのことを実感した年だったと思う。
学校に提出したアルバムと、SNSのアカウントを表示させたスマホロトムを両手に、ポケモンリーグ勤務志望の生徒と面談をするべく学校に訪れていた関係者から声をかけられた時点で、私の進路先は決定したようなものだった。

ポケモンリーグの関係者から提示された職種は、大まかなキャリア像を描くよりも先に二つ返事で引き受け取ってしまったほど、私にとって好条件だったのだ。


「ええの撮れてた?」
「これ見て!だいもんじの火の粉でファイアローの羽毛がキラキラしてて、すっごく綺麗なの!」
「ほんまや。てかこのファイアローめっちゃかっこええな。レベル100って言われても違和感ないわ」
「でしょでしょ!特にこの翼の延長線上から炎が舞ってる感じが私的にグッとくるポイントなんだ」


カメラのモニターを何度もスワイプさせ、ここぞというポイントを見せつけては頬が熱くなる。

スカウトされるままポケモンリーグの広報に就職してから、私はポケモンの魅力を世に拡散することに尽力していた。
四天王の手の内を明かすわけにはいかないので、リーグ関係者のポケモンだったり、それこそ自分自身の手持ちで行ったバトルの様子を撮影しては、短い戦術と共にSNSに更新する。
このポケモンにはまだこんな魅力が隠されていたんだ、この技って案外映えるんだ───取っかかりはなんでもいい。
とにかくポケモンの魅力が少しでも伝搬し、リーグへの挑戦を志すトレーナーが増えればいいのだ。

想像していた以上に休みなんてあってないような仕事だったけれど、それでも私はこの仕事にこれ以上ないやり甲斐を感じていた。


「当たり前なことなんべんも言うけど、名前はほんまに写真上手いなぁ」
「チリちゃんも写真上手だよ。私の写真とかいつも綺麗に撮ってくれるもん」
「えー、ほんまか?」
「うん、ほんまによ」


これは嘘偽りのない事実だ。
値の張るおしゃれなパンケーキの写真すら撮らないチリちゃんだけど、私の写真や一緒に写った写真は率先してよく撮影してくれる。
そのたびにとびきり最高の瞬間をおさめてくれているものだから、それでお金を稼いでいるくせに、チリちゃんの写真を撮る時は妙に緊張してしまうのだ。

一度そこで会話を止め、汗をかいたグラスからミルクティーを一口飲む。
昼下がりの暖かな日差しが反射するモニターを傾けて、私は大まかなデータの選定を行った。
屋外だとどうしても写りの正確性がわかりにくくなるので、テスト撮影のデータやあからさまにボツだろうというものを削除していく。
選定中も、シャッターを切った時に感じた興奮や感情を思い出して、自然と口角が上がっていくのがわかった。


「名前はほんまに好きなんやな」


カチャン、とソーサーにカップの底が当たる音がして、つられたようにモニターから顔を上げれば、かれこれ30分以上にもわたる私の熱弁に耳を傾けてくれていたチリちゃんの赤い瞳が、上下の瞼の平行線に少しばかり沈んだ。
カップのハンドルから離した手をそのまま椅子の背もたれの向こう側へとやり、チリちゃんは組んだ長い足をふらふらと揺らしている。


「うん?写真撮るの大好き」


バトル中のポケモンは、普段ではお目にかかれないようなエフェクトや姿、仕草を惜しみなく見せてくれる。
そんな貴重かつ刹那的な光景を理想のフレーミングで捉えて形に残す行為は、なんとも言えない魅力があった。

前に一度「なんでバトルの写真撮るのが好きなん?」と聞かれた際に答えた内容を噛み締めていると、チリちゃんがもう片方の手の指先で机の表面をトントンと叩く。


「いや、写真がやなくて、ポケモンが好きなんやなって」
「え?」
「別に写真のプロやないから感覚でしかモノ言われへんけど、名前のポケモンの写真、チリちゃんが名前のこと撮った写真と似てるなって思てな」


言語化されたのは初めてだった。

確かに、私は撮影をすることはもちろんだが、大前提としてポケモンが大好きだ。
この子にはこういう魅力があるからこういう構図で撮ろう、なんて綿密にプランを練って撮影に臨むのだって、ポケモンのことが好きだからという感情以外のなにものでもない。
この子だけが持つ魅力を伝えたい、この子の色んな側面を知ってほしい。
そんな気持ちで私はシャッターを切っている。

と、そこまで考えたところで、自分の耳に熱が集中する感覚を覚えた。


「チリちゃんも名前のことめっちゃ好きで、それだけの気持ちで撮っとったんやもん。それがちゃあんと写真にも出てるっちゅーのがわかってよかったわ」
「───!」


そこそこの値段で購入したカメラを結構な速さでテーブルに置き、私は両手で顔を覆う。
暗くなった視界に、最後に見たチリちゃんのにやりとした表情が残像として焼き付いた。


「これからも名前の写真、ようさん撮ったるからな」


頭の上をツルツルとしたものが往復して、そこにあるであろうチリちゃんの手に更に頬が燃えるようだった。
この法則がバレてしまった以上、私もチリちゃんを撮る時は緊張などしている場合ではなさそうだ。







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