中2のクリスマス───初めて彼女ができた時だ。

一個下の、同じ手芸部の後輩。
友人の付き添いで入部したとかで、他の部員に比べると創作に対する熱意はやや劣る。
おまけに手先は不器用で、初めてミシンを触った日なんかはいきなりフルスピードで回しては糸の団子を作っていたし、手縫い作業になればよく指先を針で突いていた。
最終的には友人の作業を眺める役に徹していることが多く、安田さんが「作業しないなら帰って!」と怒るところまでがよくある光景だった。

それでも彼女は要領がいいのか、時が経つにつれ怪我をすることも減り、夏休みが終わる頃には小さなクマのキーホルダーを作り上げた。
オレも独学で初めて作ったぬいぐるみが立体的なタイプだったので、サイズこそ手の平におさまるサイズではあるものの、作り上げるのがどれだけ大変だったかはよくわかる。
彼女は───名前は、完成した歪なクマをとても嬉しそうに眺めていた。

白状する。
彼女を「いいな」と思うあたたかい気持ちが明確に強くなった決め手は、その時の表情だったと思う。

夏休みの間は家のことや東卍のことであまり部活に顔を出せなかったが、空いた時間に家庭科室を覗けば必ず名前はそこにいて、誰よりも先にオレを見つけるなり教えを請うてきた。
数少ない初心者部員ゆえに面倒を見なきゃいけない後輩、ぐらいに思っていたが、言葉を交わすたびにその気持ちは少しずつ形を変え、名前のことを可愛いと思う瞬間が増えていった。

会う回数こそ多くはなかったものの、その分の濃密度と言えば、二人の距離がぐっと縮まる程だった。
夏休み明け、渡り廊下の上段から「三ツ谷せんぱーい」と満面の笑みで手を振られた時には、ぺーやんの前だと言うのにニヤけてしまいそうになった。

相手の気持ちが手に取るようにわかったのは、後にも先にもこの時が初めてである。
オレが名前に向ける気持ちと、名前がオレに向ける気持ちが全く同じものであると、確信せずにはいられなかった。

そして、クリスマスの雰囲気に任せて告白をすれば、小さな耳まで真っ赤に染めながら「私も三ツ谷先輩が好きです」「よろしくお願いします」と返してくれた。

4ヶ月にわたる両片思い期間が終わり、誰もいない家庭科室で2人の関係がまた形を変えた瞬間を、オレは一生忘れないんだろうなと頭の片隅で何となく思う。


「この映画楽しみにしてたんだあ」
「名前に誘ってもらわなかったら地上波待ちだったわ」


あれから3ヶ月が経ち、名前から敬語が取れた。
と言ってもそれは2人きりの時だけで、学校では相変わらず律儀に敬語を使ってくる。
そういうとこ真面目だよなあ、と今でも時々頭を過ぎる。


「今回の映画はちょっとだけ怖いよって友達が言ってたの。だから、隆くんと一緒に観たいなあって」


下唇をもごもごとさせながら、名前の上体が心なしかこちら側に寄る。
甘えたい時か、怖がってる時に見せるやつだ。


「隆くん、頼もしいし」
「しょうがねェなあ、怖がりの名前ちゃんは」


これは付き合う前から知っていたことだが、名前は感情に素直な女の子だ。
それが少しガキっぽいと感じることもあったが、それ以上に、不意に見せる少し大人びた仕草や表情に強く惹かれた。

ジャンプの看板を飾る作品の新しい映画とあって、子連れや同世代、上の年齢とまさに老若男女だ。
春休みでもない普通の土曜日だと言うのに映画館は満席で、オレと名前は場内の端の席に座っていた。
2人分しか座席のないこの空間は、ちょっとした穴場だと思っている。

いくつかの予告を挟んで、場内が暗くなる。
本編が始まれば、そわそわしていた左隣の空気が大人しくなった。

まだ序盤なので話の本筋までは読めないが、確かに絵はこれまでの映画とテイストが違うように思う。
同じ作品ではあるが、絵の味が変わるだけで作品の雰囲気まで変わってしまうのかと、妙に違う目線で映画を観てしまう。
モノ作りをする創作者視点だろうか。

ふと名前の方へと視線を傾ければ、穏やかな表情で映画を楽しんでいた。
その様子があまりにも子どもっぽいから、2人で分けようと買ったポップコーンを一粒摘まんで、小さな口元へと運んでみる。
すると名前はスクリーンから目を離さないまま、頭と顔だけを動かしてポップコーンをその口に迎え入れた。

おもちゃ遊びとおやつを両立させたいルナやマナの姿とダブり、自分も一粒口に放り込んでからまたすぐさま一粒与えてみる。
意識の半分以上は映画に向いているようで、ポップコーンを追いながらも表情は映画の内容に合わせてコロコロと変わる。
それが妙に面白くて、オレはそのまま適度なペースでポップコーンを食べさせてやることに興じた。
まるで親鳥の気分だ。

映画も中盤に差し掛かり、全容が露わになり始める。
確かに絵の不気味さも相まって、話としてはホラーテイストのようだ。
背負っている作品のタイトルを剥ぎ取って、全くのオリジナル映画として見れば怪作で面白い。
隣の名前はいよいよソワソワし始め、気づけば肩の距離が縮まっていた。
時折ビクッと肩を震わせては、目と耳を塞いでいる。
そういう仕草もガキっぽいんだよなと思う反面、だからこそそこが可愛らしくも感じる自分はだいぶ重症なのだろう。

おもむろに視線を落とせば、中身がなくなりつつあるポップコーンが目に入った。
本当はキャラメル味が食べたかっただろうに、理科の教師が披露した塩分と利尿作用の関係性を信じた名前は、苦渋の決断と言った様子で「塩バターポップコーンがいい」とメニューを指さしていた。

底にたまったバターで若干ふやけたポップコーンを摘まみ、また名前の口元へと運ぶも、全く同じタイミングで映画の音に驚いた名前の手がオレの腕を掴んだ。
驚いたばかりだと言うのに、口に運ばれそうなポップコーンの気配を感じた名前は、目を潤ませながらも僅かに首を動かした。

そだけの動作が、オレの悪戯心に火を付けたのだ。

名前の口をポップコーンまでしっかりと引きつけたところで右手を下げ、ポップコーンを食べ損ねた唇にかぶりつく。
オレたちが座る2人分の座席の横は通路なので、真横からの視線なんてものは飛んでこない。
食んだ下唇に舌先を二度押しつけて顔を離せば、今日一番の驚きを浮かべた名前がオレを凝視した。


「どう?怖い?」


スクリーンのなかでは戦闘シーンが繰り広げられていて、そう言えば観てる映画はホラー映画でも恋愛映画でもなかったことを思い出す。
名前はこの映画を楽しみにしていたし、悪いことをしてしまったかと少し居心地の悪さを感じていると、オレの腕を掴んでいた名前の手に力がこもった。


「……あとで、もっとたくさんして」


そう、この顔だ。
ガキみたいな名前が不意に見せる、大人のような、色っぽい表情。

横目でスクリーンを見やれば、激しかった戦闘も終わり、エンドロールに向かう穏やかな雰囲気が広がっていた。
映画が終われば、オレは名前の腕を引いて映画館を飛び出すのだろう。
こっちから仕掛けたつもりが、まんまと返り討ちにされた気分だ。
結局オレはどの表情にも弱いらしい。







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