改めて、とんでもない学校に入学したもんだ、と目の前を流れる人の塊を見て思う。

文武両道を掲げた白鳥沢は、高校とは思えないほどの設備を備えていて、輝かしい戦歴を残した部活動はそれらを優先的に利用する権利を与えられる。
その筆頭を飾るのがバレー部で、校内にある設備や施設を使用する常連、と言っても過言ではない。

つまるところ、白鳥沢のバレー部はすごかった。
それこそ、名物行事を作ってしまうほどに。

昨年と同様、今年のゴールデンウィークも、バレー部がお祭り騒ぎを巻き起こしているのだ。

祝日が連なる五月の初頭。
学校中の体育館という体育館を占拠したバレー部は、大学のバレー部を招いて練習試合を行う。
優秀な高校生と大学生がぶつかる練習試合は、それはそれは見物で、いつからかその練習試合は一般公開されるようになり、ゴールデンウィークの定番イベントと化していた。
一般公開という名のもとに入場料を徴収し、それを部活動の費用に充てる。
なんとも商魂逞しい部活である。

実際のところ、観客が大勢いると選手のコンディションも変化するらしい。
体育館に反響する音の量だったり、熱気だったり、プレッシャーだったり。
手っ取り早く本番慣れさせるためにも、この方法は意外と効果的だということで、特に試合経験の少ないバレー部員からは好評なのだとか。
───と、クラスメイトのバレー部から教えてもらった。

とは言え、白鳥沢の部活動はバレー部だけではない。
バレー部以外の部活動の一つである吹奏楽部に所属している私は、パート練習を行う教室に朝から缶詰状態だった。
いつもならそれぞれ好きな場所で個人練習をするのだが、今日は学外からの来場者も多いため散らばって練習せず、この校舎内だけで活動するよう釘を刺されてしまったのだ。

お昼休憩になればさすがに教室を出て行く部員も多かったが、私は同じパートにも仲のいい友人がいたため、特に移動することもせず同じ教室に留まっていた。
少しだけ気温の高い五月の気候が、眠気を誘う。

あくびで浮かんだ涙を拭ったところで、目の前の友人が感心したと言いたげな溜息を吐いた。


「ほんとスゴいよねぇ、ウチのバレー部」


前髪を撫でた風が、カーテンを丸く押し上げる。
翻るドレスのように波打ったかと思えば、力を失ったそれは悪びれもせずに私と友人を包み込んでくる。
カーテンで仕切られた窓際は、そこだけが切り取られた特別な空間に思えた。

特別な空間から外を見下ろせば、見慣れない人々が中庭を行き交っている。
いちばん近い体育館からは、ボールの跳ねる音や、聞き慣れない歓声が次から次へと零れていた。
それはまるで、自分の学校じゃないような、別世界のような景色だった。
たとえば、そう───


「……ほんとにね。アイドルみたい」
「あー、なかには選手目当ての人もいるらしいしね」
「まじで?アイドルじゃん」
「うん、ほぼアイドルよ」


夏の高校野球が始まると、甲子園にはカメラを携えた女性が現れるらしい。
野球の世界にもそういうファンがいるのだから、バレーの世界にだっているに違いない。

途端に、鳩尾のあたりがむずむずと渦を巻く。

頭のなかに流れる映像と言えば、女の人から黄色い歓声をあげられているバレー部員。
時には声をかけられ、さっきのサーブかっこよかったです、やら、インハイ頑張ってください、なんていう労いの言葉をもらうのだ。
私にバレー部のことを教えてくれた、クラスメイトのバレー部も然り。

クラスメイトのバレー部だなんて他人行儀な言い方をしたが、私はそのクラスメイトのバレー部───白布くんが好きなのだ。
いくら片思いとは言え、自分の好きな人が学校外からも持て囃されるのは、正直遠い存在のように思えて嫌だ。
今はまだ同じクラスの友人として距離を保てているが、彼が、バレー部が功績を残して上に駒を進めるにつれ、その背中が遠くなるような気がした。

今日は、そんな白布くんの誕生日だ───白布くんと仲がいい川西くんから仕入れた情報なので、間違いない───。
部活終わりにでも渡せたら、なんて鞄のなかのプレゼントを用意していた頃の私は楽観的に考えていたが、今日の賑わい振りを見ていれば自信もなくなっていく。


「白布くんは大丈夫だと思うよ」
「……なにが?」


落ち込みが顔に表れていたのか、スマホを弄る友人がそうきっぱりと言ってのける。
突然出てきた片思い相手の名前に些か動揺したものの、私は努めて冷静に問い返した。


「贔屓なし、慰めなしの第三者意見。名前はもっと自信持って」


そう言いながら友人はスマホを動かし、ここから見える中庭を動画におさめていた。
何をしているのかを聞けば、中学時代の吹部仲間に、今日の盛況具合を送ってほしいと言われたと教えてくれた。
彼女の出身中学にはバレー部がなく、ゴールデンウィークに校内で催しを開催できるバレー部、という存在がにわかには信じられないらしい。
百聞は一見にしかずということだ。

私も一年の頃はそうだったなあ、なんて思いながら頬杖をついて中庭を眺めていると、両手で数えられる人数のバレー部がそこを横切っていくのが見えた。

胸のなかから、ドキッという音が響く。


「あ、噂をすればじゃん」


同じ二年生同士で連れ合って歩くバレー部のなかに、白布くんがいた。

集団の後ろの方で川西くんと肩を並べて歩き、いつもはしっかりと着用しているジャージの袖を捲っている。
川西くんや他のメンバーもタオルで汗を拭っていたので、試合終わりのメンバーなのだと予想できた。

友人のスマホはいつの間にかバレー部を追っていて、そのデータを中学の友達に渡すのか?と疑問符を浮かべそうになる。


「いや、息まで潜めなくてもよくない?」
「息したら気づかれそうで……」
「白布くんとかくれんぼでもしてんの?」
「動画録ってるのに名前出さないでよ!」


さすがに白布くん本人には届かない声量だったものの、私の音声と彼の名前がしっかり入ったであろう友人のデータを想像して、思わず頭を抱えて机に突っ伏した。
友達に渡す時には絶対に切り取ってほしい部分だ。

それでもやっぱり少しでも彼の姿を見たくて、もう一度体を起こして外を眺める私はなんて現金な女なんだろう。


「あ、気づいた」


私たちと顔見知りのメンバーだけがこちらを見上げ、爽やかなジェスチャーで片手を挙げて挨拶してくれた。


「試合はー?」
「午後にもう一戦」
「まじか、頑張れー」


声を少し張り上げた友人と川西くんのやり取りを聞きながら、目はしっかりと白布くんを追う。
彼らに向かって振っている手も、ほとんどは白布くんに向いていた。

中庭を横断する彼らを見て、周辺が僅かに色めき立っているのがわかる。
レギュラーではないにしても、実際に目の前で試合を繰り広げて、個々のスキルを観衆に見せつけた人たちなのだから当然だろう。

やっぱり遠い人になってしまいそうだ。

教室の窓からは見えない方向へと消えていく集団を見送りながら、私は今日で一番重たい溜息を吐いた。


「名字」
「っ───!?」


吐いたばかりの溜息が、勢いよく肺に戻ってくる。

集団から一人離れた白布くんが、私たちからでも見える位置に戻ってきたのだ。


「部活終わったらちょっといいか」
「え、う、うん、どうしたの?」
「あー……こないだ言ってたノート、渡すから」
「───うん、わかった」


私の返事を聞き届けた白布くんは満足げに頷いて、再び集団の方へと消えていった。
友人から響いた動画を止める音が、なんとも間抜けに響いた。


「チャンスじゃん」
「そ、そうだね……」
「この動画あげるね」
「……ありがと」


一瞬にして顔が熱くなり、頬から湯気が出そうだった。

友人はにやりと笑っていた。
だから言ったじゃん、と。

見抜いてましたと言いたげな様子だが、そんな彼女も知らないことが一つだけある。
私と白布くんだけが知っていることが、一つだけ。

白布くんとは、ノートの話なんて一度もしていない。







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