久し振り、という感覚を抱くのが不思議だった。
何故かと問われれば、俺と彼女の関係性が世間一般的に見れば"久し振り"とは程遠いものだったからだろう。
部活仲間と級友という今思えば長ったらしい期間を経て、特別な間柄へと一歩進んだ俺たちは、付き合い始めて5年目になったところだ。

門松や目出度い配色で彩られた空港は、帰省者や年末年始休暇の観光で普段よりも活気にあふれていた。


「もう少しゆっくりしていけばいいのに」


どの口がそれを言うのか。
自分自身に溜息を吐きながら、さくらんぼ味のハイチュウを片手にラプラスのコースターを眺める小さな背中にそう投げかける。
すると名前は振り返りもせずに、優しげな眼差しの青いポケモンを眺めたまま生返事だけを返してきた。


「大地こそ忙しいでしょ」
「名前を見送りたかったからな」


何の考えもなく選んできた些細な選択肢が、これほどまでの後悔に繋がるなんて、学生の頃にはそこまで気づけなかったことを大人になって初めて知った。

東京の大学へと進学して、そのまま都内で就職した名前とは、頻繁に会えるわけではなかった。

俺の職業柄生活リズムもバラバラで、今日はこんなことがあったと名前が報告してくれる出来事にも、リアルタイムで反応してやるのが難しいこともあった。
年齢故に忙しい時期には率先して駆り出されることも多く、ここ数年の二人で過ごしたクリスマスなんて、ケーキや総菜が日常の色を取り戻した頃くらいだ。

"いつ何時"に備えて、俺は名前に"会いに行って"やれない。
いつも名前が"会いに来てくれる"側だった。
本人は実家にも顔が出せるからいいとは言っていたが、事あるごとに名前に動いてもらうのは罪悪感に苛まれる。

名前の誕生日、俺の誕生日、花見や夏祭りの季節、なんでもない日。
いつも名前を迎えに行き、大きな荷物を抱えたその手に交通費の半分───全額渡したことで喧嘩になったことがあり、以来半額しか受け取ってくれない───を握らせていた。
この交通費の件だって、傍にいれば、何の問題にもならないことなのに。


「次はいつ会える?」


保安検査場の手前で、いつもより水分を含ませた大きな目が俺を見上げた。
土産袋を携えている手に、僅かに力が込められる。


「また連絡する」


俺がこの言葉しか紡げないことを知っていて。

首の後ろに回された腕の先、コート越しでも判る細い肩に顔を埋めて、俺もしっかりとその体を抱き締め返す。
唇を落としたところで、その水分量は増し、今にも頬を滑り落ちそうになっていた。

保安検査場を通過したところまで見送り、搭乗ゲートが見えるガラス張りまで移動すれば、遅れてやってきた名前が走るようにこちらへと近づいてくる。
傍らの受話器をそっと持ち上げれば、泣きそうな顔を湛えたままの名前も俺に倣って受話器を持ち上げた。


「何かあったら旭を頼れよ」
『私が頼りたいのは大地だけだよ』
「わかってるよ。けど、俺は旭ほどすぐに駆けつけてやれないからな』


誰かを助ける仕事をしてる癖に、何故名前のことはすぐに助けてやれないのだろうか。
誰よりも何よりも大切で、かけがえのない存在であるはずなのに。

搭乗時間ギリギリまでこちら側にいたので、名前の背後では既に優先搭乗の案内が始まっていた。
幼い子どもを抱いて、搭乗ゲートに吸い込まれていく何組もの家族を無意識に目で追ってしまう。
お腹の大きな奥さんの肩を抱き、二人の荷物を片手にすべて纏め持つ夫。

無条件で、一緒にいられることが羨ましい。


「───名前」
『なに?』


厚いガラスにぴたりと手の平を合わせれば、名前の小さな手がつられてそこに合わさった。


「俺と結婚してください」


指輪なんて用意していない。
この言葉すら、用意していなかったものなのだから。

ついに両の目から涙を零した名前は、ガラスから離した手で口元を覆い、何度も何度も頷いた。
受話器の向こうから聞こえる声は、息を詰まらせながらも、一生懸命に返事を零していた。

誰よりも最後に機内へと吸い込まれていった名前から、次の週末にはまた帰ってくると連絡が入った。

搭乗口と切り離された飛行機が、見る見るうちに空港から離れていく。
速度を上げながら離陸した飛行機を見送った俺は、名前を迎えに来た先日よりも、名前と近いところにいるような気がしてならなかった。

飛行機が見えなくなっても、しばらく背中がガラスから離れない。
その体勢のままで、スマホの画面に市内のジュエリーショップの営業スケジュールを表示させた。





仙台空港を利用するたびに、「また逢う日まで」と書かれた受話器にエモさを感じて泣いてしまいます…。
(カップルが使ってるのは見たことありませんが)







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