眼下で上下する白い背中。
そこに浮かんでいた珠のような汗はすっかり滲み、まるで一面に広がる水飛沫のようだった。
女の身体は本当にしなやかだ。
体を支える背骨が通っているそこはグッと反り返り、腰のあたりの皮膚が少しばかり横に向かって皺を作っている。

心を通わせるのがいちばん遅かった相手を好きになるなんて、青臭いガキでもあるまいし、自分でも随分意地っ張りだと自嘲が零れた。

程よく肉のついた臀部に、擦るように手を滑らせる。
指の下で、おれの背中にあるものと同じマークが微かに波打った。
下の睫毛を濡らした眼差しが、こちらを振り返る。
震える唇が小さく動いたのを見つけてしまったので、小柄な身体を仰向けに引っ繰り返して貪るようにそこへと噛み付いた。

おれがオヤジの息子になるよりもずっと前から、名前はここの数少ない娘としてオヤジに寄り添っていた。

この船に乗り込んだばかりのおれと言えば、日夜飽きることなくオヤジの首を狙っていて、名前はそんなおれを呆れたそれで眺めていた。
歳を聞けば弟と同じときたもんで、おれは心の底から生意気なやつだと思った。
だがそれは名前も同じだったようで、白ひげの強さや器の大きさを目の当たりにしたにも関わらず、その諦めの悪さをあまり好ましく思ってはいなかったらしい。

それから紆余曲折を経て正式にオヤジの家族となった後も、なんとなく、いちばん最後に握手を交わしたのも名前だった。
それも、半年以上は優に経っていた頃だ。

おれより3つも下だと言うのに、出会った頃の名前は妙に大人びていて、それでも時々年相応のあどけなさが垣間見えるような女だった。

警戒されていたのか、嫌われていたのか───恐らく後者だ───、名前はおれの前では無愛想とも言える態度だった。
けどそれはどこか無理をしているような、背伸びをしているようにも取れるものだったので、おれの胸の内に巣食う好奇心が名前の仮面を剥がしたくてウズウズした。

だから、初めておれの前で笑った時には、一種の感動すら覚えたものだ。
こんなふうに笑うんだな、と同時に、燻る何か。

その日以来おれの目は名前を追っていて、次第に名前の目もおれを追うようになった。
2人の視線がぶつかり合った頃、その燻りは確信へと変わったのだ。

初めて名前の唇を奪った場所は、人気のない洗い場だった。
シャボンと湿気を吸った壁に押し付けて、小さな唇を舐る。
舌を合わせ、絡ませ、口内を暴いた。


「───いいか?」


息を乱しながらそう訊ねれば、おれ以上に息を乱した声が「───いいよ」と応えた。

行為の最中に"好きだ"と伝えたのは、我ながら卑怯だと思う。
泣きそうな声で"私も好き"と返ってきた時には、思わず動きを止めてしまった程だ。

特に、この時間。
身体を繋げている時間は、一際名前が愛しくて堪らない。
甘ったるい感情が濁流のように押し寄せてきて、堪らずに身体中に唇を寄せる。
首筋にも、鎖骨にも、胸元にも、腹にも脚にも。
その度にビクビクと震え、短く声を漏らしていた。


「怖い?」


名前に「いいか?」と聞いたあの日、その言葉の次におれが紡いだ言葉を再度紡いでみる。
あの時と同じように首を横に振った名前の頬に、髪の毛が張り付いていた。
その髪を掻き上げるおれの手を追うようについてきた手に絡みつき、壁に縫い付ける。
僅かに身動ぎをしてみれば、名前の肘が微かに壁から浮いて大きく震えた。
息を詰めた声と、固く波打つ内側。
涙を睫毛にのせた双眸が、ぼんやりとおれを見上げた。

理由を話せと言われれば、正当な内容なんてこれっぽっちも思い浮かばない。
ただ簡潔に説明できることがあるとすれば、それは完全に一目惚れの類いだった。
互いを探り合うような眼差しの内側で、本人たちをも差し置いて密かに募り続けた興味と好奇。───恋慕。
それが爆ぜただけだった。

強烈な快楽に仰け反った際に、曝け出される白く細い首に釘付けになる。
おれの動きに合わせて踊る胸に喉が鳴るのは、呆れるほど欲望に忠実な男の性だ。
頬に伸ばされた指先と、そこを飾る爪。
労るように皮膚を滑るその柔らかさが心地よく、無意識のうちに小さな手にすり寄ってしまう。
それがまるで子どもみたいだと前に言われたことがあり、ややあって、恥ずかしさに気づく。

それから、沈むように眠った名前が、再び目を覚ます直前。
決して柔らかくはないベッドに身を預けて、残された少しばかりの惰眠を貪るその姿が愛らしい。
艶やかな髪に指を通し、僅かに笑顔を浮かべるその横顔に唇を落とす。
そうすると、名前が目を覚ますことを知った上で。


「おはよう」


わざと起こしたというのに、平然とそれを口にする。
名前も、それを知っていて、まどろみに微笑むのだ。


「───おはよう、エース」


なんてことない些細な幸せが、胸のなかをいっぱいに満たすのはなぜだろう。







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