フローリングの微かな冷たさが心地よい。
肺が収縮するままに、整わない呼吸を繰り返す。
仰向けになって胸を上下させる名前の隣で床に手をついた訓は、自ら始めたことだと言うのに、その様は名前とさして変わらず閉められない口から荒い息を零し続けている。
訓の細い顎を伝った汗が、ふるりと震えて落とした視線の先で跳ねた。


「……しん…じ、らっ…な、い……」
「……悪ィ、って…っだ、ろ……」


この歳にもなって、まさか子供騙しの"ゲーム"でここまで熱くなるとは。
二人分の乱れた息づかいばかりが響いているので、冷気を送るエアコンの稼働音や、風向きを返る羽の動く規則正しい音がはっきりと耳に届く。

最後に大きく息を吐き出した名前は、ようやく落ち着いた呼吸に胸をなで下ろした。
訓は幾分か既に平静を取り戻していたのか、数分前の記憶と同じ、胡座を掻いた姿勢に戻っていた。
名前はいまだ突かれているような感覚が残っているそこを押さえながら、ゆっくりと上体を起こして訓を睨め付ける。


「…未来ちゃんはこんなお兄ちゃんをもってさぞ苦労したでしょうね」
「アイツは名前ほど弱くなかったよ」
「慣れちゃったんじゃないの?」


いや、と訓が否定の言葉を言いかけて、なんでもないとすぐに口を閉ざした。

"蜂ゲーム"と称されて訓の手によって下されたそのゲームは、くすぐったがりの名前にとってはそれはもう拷問のようなゲームだった。

きっかけはなんだったか。


「なあ、来週の夏祭り、浴衣見たいんだけど」
「えー?うーん、あれ暑いし苦しいし…」
「連れ回したりしないし、な?頼む」
「でも、去年も浴衣着たよ?」
「いやいやいや、年に数回見れるか見れないかの浴衣じゃん。
 何回見ても足んないって」


そこから話は脱線し、二人してあらゆることに対して"してほしい""見てみたい"の押し問答を繰り返し、ならゲームに勝った方のお願いを聞こうぜ、と訓が提示した案がまさかここまでヒートアップするものだとはその時には思いもよらなかった。
そのゲームは名前にとって不利以外のなにものでもなく、訓がニヤリとしながら突き出した二本の人差し指が、頭上にクエスチョンを浮かべた名前に容赦なく襲いかかった。
太田兄妹の間で行っていたゲームを持ち出すなど、名前の浴衣を拝むことに躍起になった訓は卑怯と非難されてもぐうの音も出ない立場である。

元より肌への刺激に殊更敏感な名前は、間髪入れずに次々と脇腹に触れてくる人差し指に涙を流しながら大笑いし、それこそ"笑い死に"という死因が脳裏を過ぎったほどだった。
隙を見てやり返してみたものの、このゲームに慣れた訓はどこ吹く風で───そもそも崩れ落ちた名前の繰り出す攻撃なんて痛くも痒くもない───、最後に名前を床に押し付けて圧倒的な勝利をおさめてしまった。

そして、冒頭に至る。

名前がそのくすぐったさに大きく身体を捩るものなので、剥き出しになった首筋だとか、捲れ上がったスカートから覗いた白い太ももだとか。
男であり名前の彼氏でもある訓にとって、"蜂ゲーム"が止められなくなった原因が次から次へと露わになっていったことにより、お互いの息が上がるまで延長戦へと縺れ込んでしまった。

いくら名前が訓の腕を掴んだところで、攻撃の一つもいなせない。
大して力を入れられたわけでもないのに、むしろ押されてもいないのに自然と床へと倒れ込んだ身体は鉛のように重く、チャンスだと言わんばかりに覆い被さってきた訓から逃れることは不可能だった。


「───本当に連れ回さないでね?」
「約束する」
「…チョコバナナと焼きそばと、それからラムネが飲みたい」
「喜んで買わせていただきます」


訓の回答にヨシと頷いた名前は、少し甘えたようにその背中へと腕を回してしがみつく。


「……とびきりかわいいって思ってもらえるようにするね」
「───既にとびきりかわいいよ」


"蜂ゲーム"で先手を打っておいてよかった、と人知れず長く息を吐いた訓は、細い肩に顎を乗せて目の前の壁を見つめた。
名前に主導権を握らせて、こんな風に攻めてこられていれば確実に負けていた自信がある。

ああ、それでも名前は"蜂ゲーム"を知ってしまった。

次の攻めの手札はどうしたものか、と訓の口から再び深い溜息が零れた。







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