広い広いお屋敷の大広間に埋まるのは人、人、人。

その中には堅物の教師と呼んでもおかしくないような叔父さんから如何にも「人殺してます」といった目をした輩まで年齢も見た目も人種も入り乱れている。共通して言えることはこの場にいるほぼ全員がネクタイにスーツ、正装とも言える服を纏いながらどこか緊迫した空気、異様な気配を漂わせていた。


彼らの視線は壇上に上がる若い東洋人の青年。

噂通りなら恐らく日本人。ハニーブラウンの髪とおとなしそうな目、彼を知らない人から見れば思わず「場違い」と言いたくなるような印象を受けるが 彼は静かに微笑みを浮かべ 一人ひとりと目を合わせるようにゆっくり部屋全体を見回す


彼の言葉を待つ空間は静寂。充分に間を取り口を開いた彼を見て ゴクリ、と喉を鳴らす者もいた。





「ようこそ。ボンゴレへ」



そう声が聞こえるや否や、その場の広さに負けんばかりの大きな歓声が上がった。
大半の声の主は男。男の雄叫びなんてむさ苦しくて暑苦しくて、声も低いもんだから振動で床も揺れる程だ。

それは一定のリズムで睡魔によって意識を飛ばしかけていた彼女、こずえの鼓膜を大いに刺激する結果となり、反射的にもその歓声に引けを取らないくらいの悲鳴を上げた。


そのまま声に掻き消えればよかったものの、女性特有の高い声は紛れることなく轟かせてしまった。

近くにいた周囲からは白い眼差しが送られ とっさに愛想笑いを浮かべやり過ごそうとしたが、恥ずかしさのあまり心臓が口から出そうになるのを必死に隠すばかりだった。





「き、消えてしまいたい…!!!」


悪目立ちした上に男ばかりの中、女なんて見渡す限り私だけだし肩身も狭い。うわ、もうジロジロ見ないでよ…さっきは私が悪かったですから!



式典も終わり会場ではそれぞれどの守護者に部下として配属されるかの号令待ちとなり辺りは緊張が高まっていた。評価基準は恐らく数日前に行われた事務的な試験と、その帰りの突然の襲撃とも呼べるような実技試験


(受かってるなんて奇跡だと思うけど…このチャンスを逃すわけにはいかない)





学生のとき、自分の将来について考えてみた。自分はどんな職業に、何になりたいのか。


いろんなことを想像して 長い時間を費やしたけど、結局は思いつかなかった。

そのまま時間だけが過ぎていき学生を卒業した私はアルバイトや故郷を離れ裏稼業と呼ばれるような身の安全が保証出来ない仕事も幾つかこなした。でもいくら汗にまみれて充実間を得てもすぐに疲労に変わり、お金を稼いでも、満足することなく虚しさが募った。


この気持ちが何なのかはわからない。
ただ何かが 足りなかった。



「こんなの私じゃない」



ぼんやり空を見上げては、溜息を吐き根拠のない思いだけが頭を何度も浮かんでは音もなく消えていった。そんな私は気が付けば成人を迎え 久しぶりに会った旧友の成長になぜか胸が詰る。

活き活きと話す話題に、私は言葉を重ねることが出来なくなっていた。



まるで金魚が空気を欲しがるようにパクパクと動く唇。
それがホント、滑稽で。




「・・・・」



理由のない「何か」が私の中から溢れ出した。外に、外に




助けてなんて、誰に言えばいいのか分からなかった

だから、





(…私は、今日から変わるんだから)



決意を胸に小さく拳を握る。よし!っと意気込んだとき、ふとある事に気づいた。
足元を見つめてもホコリ一つ落ちてやしない真っ赤な絨毯。ん、カーペット?ってそんなことじゃない!とっさに周囲を見回してみても同僚になる人(?)らしき方々は誰も
居なくなっていた。うん、どうりで静かなはずだ。


(…まずい。)


一気に冷や汗が滲む。式典で何も聞いていなかったから…


「あたし、どこに行けば?」





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