「ほらほら、ツッくん泣かないの」
懐かしい、声が聞こえた。 どこかで見たことがある空間の中にふわふわと漂う意識。何を考えている訳でもなく ただぼんやりとそこに流れていく景色を見つめていると、「こら、聞いてるの?」と華奢な指先で頬をつねられた。
「いひゃいよ、千愛ちゃん」
「…だってツッくんが聞いてくれないから」
男の子なんだから意地悪された位で泣ないてちゃダメだよ。ぐりぐりと顔を袖で涙を拭ってくれたあと、いつも笑ってくしゃくしゃと髪を撫でる。千愛ちゃんはこの頃の俺にとってとても頼もしくて、彼女の存在がとても大きかったことを覚えている。
そういえばたまに自分が夢の中にいることに気づくことがあるが、どうやら今がそうらしい。幼い自分も久しぶりだけど、幼い彼女の笑顔もこれまた新鮮で思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるが、ぐっと抑えてみることにした。
――ああ、本当に 懐かしいな。
「でも千愛ちゃんってすごいよね。上級生にも立ち向かって俺のこと助けてくれるし」 「ツッくんが毎日絡まれるからだよ」 「う…ご、ごめん」
でもさ、まるで漫画に出てくるヒーローみたいだよ!興奮したように目を輝かせて笑う俺に彼女は「褒めても何も出てこないからね」とおどけたように笑った。
「あーあ、怖いものなんて1つもなかったら不安になったり怯えることもなくてすっごく楽しく過ごせるのに。もうダメツナなんて言われなくなるんだろうなー」
だから千愛ちゃんが羨ましい。そう空を見上げて話す俺に彼女は一瞬、面食らったように目を見開いた。なにかを話そうと口を開いたけど、優しく微笑っただけでそのまま何も話さなかった。
「あたしもツッくんと同じ。あたしだって怖いよ?」 「え?怖いの?」 「そうだよ。怖いものも不安なことも沢山あるよ」 「…じゃあ、」
なんでそんなに強くいられるの?
「だって、弱音なんて吐いてちゃツッくん守れないじゃない。 強くなくちゃ…側にいられないし」
静かに通り過ぎる風から抵抗でもするように再び閉ざされた口元。伝わる彼女の表情。あの頃なんで気がつかなかったんだろう?涙をこぼさないように必死に噛んだ唇に。まるで隠すように背中に回す手のひらも固く握られていることに。
「…だから、平気だもん。ツッくんは泣き虫だからあたしが守んなきゃ」
いつも君の背中に守られていたから 君がどんな顔をして俺を守ってくれていたかなんて
今まで考えたこともなかった。
夢のなかで気づくなんて。…やっぱり俺はダメツナだな。
「千愛ちゃん。て、出して」 「…やだ」 「ダメ、出して」
しぶしぶ出された手にそっと重ねる。握る手の平がほんの少し冷たかった君もゆっくりと指先を絡めれば次第に温まり不機嫌気味な彼女の表情もふわりと緩んだ。
「俺、もう泣かないよ」
この先俺たちにどんな逆境があったとしても、この手を放すことはしないから。 強がらなくて大丈夫だから。だから君は、もう我慢しなくていいからね。
大人になる僕が君に出来ること
急にどうしたの?と首を傾げる幼い彼女を横目に「俺だって男だからさ、」と笑ってみせた。
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