「好きです」


静かな教室に小さく響いた聞きなれた声。彼、沢田綱吉は顔を真っ赤にして弱々しい目付きで私が何年も何年も前から欲しかった言葉を呟いた。ああ、なんて心臓に悪いんだろう。このまま素直にこの言葉を受け止められたらどんなによかったものか。
私は彼の唇に ゆっくりとした動作で視線を向けた。



「ねえ、千愛?」

「んー…」

「んー?じゃなくてさ、どう…かな」

「いいんじゃない?直球でさ。分かりやすい」


そういうことじゃなくてさ!そうシワを寄せて笑う綱吉に「じゃあなんて言えばいいのさ」と呆れ気味に言えば、うーんと悩む仕草をした後にまた困ったように笑った。



「だいたい告白の練習なんて女の子に付き合わせるものじゃないわよ。私が可哀想」

「お、男に頼むのも変だろ…!?」

「そうだけどさー」

「…、こんなこと頼めるの千愛しかいないんだよ」


千愛が誰かに告白するときは俺が練習に付き合ってやるから、そんなこと彼が楽しそうに話すもんだから 私は もう!と言って視線を彼から外した。






(...なによ。人の気も知らないで)



だって密かに唇を噛むことしか、溢れそうな思いを抑えることは出来なかったから。無意識に視線は教室の窓を横切った小鳥を追ったはずなのに。可笑しいよね、滲んじゃってうまく見えなかった。




(笑ってそんなこと、綱吉が言わないでよ)




綱吉のその笑顔がずっとずっと大好きなはずなのに。
この特別扱いも、きっと私だけのことなのに。


満足なんて 少しもできなくて




「千愛?」



ふと気づけば綱吉が「どうしたの?」と心配そうにこちらを見ていた。なんでもないよと言うように目を擦りにっこりと微笑む。鼻は少し赤いかもしれないけど、寒さを強調するように手のひらに息を吹きかけ摩ってみた。


「あのさ、千愛…」
「え?」


実は…、そう綱吉が切り出したと同時に教室に響いたチャイムの音。魔法使いがシンデレラに王子様との別れの合図をしたかのように、私にこの何年も抱き続けた想いにやっと終止符を打つ時がきたみたいだ。


「ほら、もう時間じゃない?呼び出しておいて待たせたら悪いでしょ」


ほら行った行った、背中を押して教室から出そうとする私に 綱吉はわかったから押すなって!と小さく抵抗する。言葉に出して応援なんてできないけど、…せめてどんな時でも綱吉の味方でいたいから。





「あ、そうだ」

「…なによ」


「んーやっぱりどうしよっかな」

「早く言う」


「あはは、・・はい」




なんだか、さ。
今更恥ずかしくてずっと言えなかったんだけど、





「なんかあったらいつでも言えよ?あんまり力になれないかもしれないけど、もう小さい頃みたいに泣いてばっかりの俺じゃないから…」


ってこの状況で言っても説得力ないかな。へにゃりと笑った綱吉は「いってくるね」と手を振りながら教室を後にした。




泣いてばかりいた彼はもう泣くこともなくなって
笑うことが多くなって。私が綱吉に想ったように、綱吉にも想いを寄せる大切な人ができて





「…なによ。綱吉のくせに」




このままずっと一緒だなんて ないことくらい分かってたはずなのに。


「いってらっしゃいなんて、…言ってやんないから」




そして彼女は泣き崩れた








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