『風邪、引いたんだって?』



携帯電話の向こうから聞こえる声は 心配というよりもこんな季節外れによく引いたもんだと呆れた様子の幼馴染みの彼の声



「…だって、」

『どうせ冷房の中でお腹出して寝てたとかだろ?』

「…。」
(くそぅ!よくわかってらっしゃる)


『‥、ホント千愛らしいね』



じゃあ今日はゆっくりするんだよ、わかった?と子供に言い聞かせるように話す言葉に 申し訳ない気持ちが喉に詰まり 返事を濁す声と熱っぽい息を細く吐いた。


電話を切っただけで部屋には自分の呼吸音だけしかしなくなり、自分の部屋が今更ながらに広く感じる



(バカやっちゃったなぁ‥)



はあ、と天井を見上げたままため息と共に携帯電話を枕元にぽとりと落とした。



本当なら今日は綱吉の家に遊びに行く予定だった


幼馴染みといっても2人は世に言うお年頃の年代ということもあり最近は綱吉と以前のように一緒に帰ったり遊んだりすることがなくなっていた。



(男の子と女の子だししょうがないのかもしれないけど)




「…少し、寂しいなあ」



今日の約束はかなり強引にこじつけたもので、ツナママの手料理が食べたいと一時間に渡って熱弁をしてやっとの思いで手に入れた汗と涙の結晶だ


…それがまさか体調不良でこのチャンスが泡と消えるとは




「‥久しぶりにいっぱい話せると思ったのに」




こんな事を考えてまで彼と話がしたかっただなんて、きっと彼が知ったら呆れるか苦笑いのどちらかだろう



綱吉に好きな人がいることを噂で聞いたときは正直ショックだった。

きっと私ではない人。それでもこうやって認めたくなくて、側に居たくて、でも努力するのは ムダなんだろうか?


でも胸の奥にある「もしかしたら」という小さな期待を払えずにぼんやりする思考の中でさえ彼のことを想う私は、こんなにも彼が好きなんだと改めて思うと なんだかとても可笑しくなった



「あはは、バカみたい」

「‥うわ、一人で笑ってる」

「へ?」


あれ?なんでだろう幻聴が聞こえる。想うあまり熱の力を借りてミラクルを起こしてしまったんだろうか?でもそれでも彼の声に一瞬胸が高鳴ってしまったのは、重症というか 末期だろうか。




「しかもネギが入った買い物袋持ってるなんて、綱吉がそんな‥あはは ウケる」


「うん幻聴でもミラクルでもないから、戻っておいで」

「ああそうですか‥、って ええ!?綱よ… 、ななな なんで!」



予想外の展開に勢いよく起き上がったはいいがゲホゲホと病的な咳が部屋に響いた。「バカ!」と罵声を浴びせながらも背中を擦ってくれる手の温もりを感じて、本物なんだと悠長なことを考えじわりと少し視界が滲む。



「なんで‥、風邪 うつっちゃうよ?」

「夏風邪はバカだけだろ」

「‥それ言いに来たんだ」

「あ゙ いや‥違うから!」



あー‥もう、と わしゃわしゃ頭をかく綱吉を見てますます疑問が浮かぶ。
綱吉は少し間を置いて私が寝ているベッドに少し腰かけると 何も言わないまま、ぽこんとグーで軽く私の頭を叩き そのまま髪を静かに撫でた




「‥今日約束してただろ」




千愛が母さんの料理楽しみにしてたから 今頃拗ねてるかと思って



「母さんの味じゃないけど、お粥ぐらいなら ‥俺作れるからさ」





だから早く治せ、そう言い残して台所へと向かう彼の背中が

とても優しかった





(優しくするから)
(諦められない)



「‥今日は、特別だからな」

「‥つなよし」

「なに?」

「…ううん、なんでもない。ありがと」


「‥。そっか」







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