名前も知らない君のことを 噂を便りに思い出す

僕が君のことを一つでも知っていれば


あの時、何かが変わっていただろうか。









「隼人、本当に覚えてないの?」

「‥‥」

「隼人ってば!」



「あー‥‥悪い」



覚えてねえな、 誤魔化すようにアイスコーヒーにミルクを無駄に流し込めば氷がカランと音を鳴る。グラスに付いた水滴がテーブルを滲ませ添えていただけの指をじわりと濡らす。

暑い気温に負けた脳がぼんやりとガラス越しの外の景色を見ながら質問への答えを探して思考を巡らせる。

思い浮かぶのは いつもの3人が待ち合わせをしていたあの頃、あの場所。



‥ああ、そういえばよく目が合う女子生徒がいたかもしれない。



「あ、その顔は思い出してきた?」

「バーカ簡単に言うなよ10年前だぞ?中学の時の登校中に誰と挨拶してたなんていちいち覚えてねえよ」


しかもクラスのヤツでもないなら尚更、




「‥‥‥」



そこまで言いかけて一口飲もうとグラスを持ち上げた手がピタリと止まる





確信はないのに
なにか 何かを、忘れている気がした。

単にそいつの名前や顔かもしれないが、なにか違う気もする。でも今の自分の中にその「なにか」を言い当てられる言葉が見つからなかった。だが たしかにあの頃の記憶の中から感じるこの感情の名残は確かに今も胸に存在している


そんな俺を不思議に思ったのか、不意に千愛がポツリそいつの名前を呟いた。
聞き覚えのない名前だったにも関わらず自分でもビックリするぐらい心臓が跳ねて、思わずテーブルの上の灰皿に目をやる。

動いた様子もなく 安堵の息が漏れる





「‥隼人?」

「…いや、そいつがどうしたんだ?」


「うん。その子ね先月に結婚したんだって!」



ウェディングドレスも凄く綺麗だし幸せそうで見惚れたって京子が言ってたんだー!なんだか聴いてて羨ましくなっちゃって隼人に話したくてね。その子のこと覚えてるかなっーて。




「……そーか。」


「あたしも早くウェディングドレス着たいな」

「あと2ヶ月後じゃねーか。もう少しだけ待ってろ」

「ふふっ、そうだね」





隼人の為にいっぱい綺麗になるからね。千愛が幸せそうにはにかんだのを確認し、氷の溶けたアイスコーヒーを喉に通す。

思っていたよりもミルクの甘さが口の中に広がって 眉間に皺がよりつつも小さく笑みがこぼれた






dear.記憶から抜け落ちた思い出へ




(あなたがいない最初の朝)

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