「はい骸様!今日は苺のシフォンケーキをお持ちしました」
「いつもありがとうございます。今日も美味しそうですね」
「ありがとうございます!では早速準備を致しますね」
満足そうにはにかんでパタパタとキッチンに向かった千愛はここのメイドとして働く女性
女性と言っても小柄で顔も幼く 仕事ぶりはベテランの域に入るのに初対面の方には新人と間違われるほどそそっかしい
褒められる点といえば、肩ぐらいまで伸びた髪だけは綺麗に手入れされていることと作るお菓子が僕好みというぐらいでしょう
座っていたソファーから窓の外を見ると暖かそうな日差しが降り注ぎ散歩日和だとぼんやり考え 脚を組み直す
すると大きく何かが落ちる音が部屋中に響き平和ボケというのに浸ってみせた頭を現実に引き戻される
「うわあああ‥!!骸さまあー」
(…こんな日でさえ穏やかに過ごせはしないのですね)
すみませんー…と半泣きになって戻ってきた彼女は手やエプロンを大胆に濡らし紅茶の上品な匂いを漂わせていた
「あなたって人は…!火傷は大丈夫ですか!?」
「ひゃっ」
手を掴んで見てみれば指先は微かに赤く染まり小さく震えていたが大したことはなさそうだ
‥冷やすとまでは及ばないが僕の手が冷たいほうで良かったと安堵の息を漏らす
「まだ火にかけたばかりだったので火傷は大丈夫ですが、その‥紅茶が」
「…今日はどうしたんですか」
一瞬また前のように泣き出すのかと思っていたが 今日はぐっと我慢して唇を噛んで話だした
「紅茶が‥どばーってなりまして、それで その…全部。なくなってしまいました‥」
「ああ……そう、ですか」
千秋のお菓子に合うものをと思ってやっと探し出した物でしたが、保管場所は戸棚よりも引き出しのほうが良かったようですね
「なくなってしまったのでは仕方がありません。では買いに行きましょうか」
「はいっ!すぐに買ってきます!!」
今にも駆け出そうとする千秋を邪魔するように手を掴んで呼びとめれば その勢いの反動でふらついた千愛をぎゅっと抱きしめた
「千愛はあの紅茶がどこで売っているのか知っているのですか?」
「うっ…し、知らないです」
それより耳元で話し掛けないで下さい!!と真っ赤になって騒ぐ千愛
クフフ‥そんなこと言われて放す男がどこにいるのですか?
「まったく。それでは闇雲に探すほうが時間の無駄です」
「とりあえず服を着替えてきなさい。一緒に買いに行きましょう」
「えっ!?でもそれでは…」
「散歩に付き合いなさい」
「はっ、はいー!」
パタパタと部屋を出ていけばぶつかる音とごめんなさいと叫び声
(ほんとに世話のかかる人だ‥)
「骸様‥」
コンコンとノックをして頭をおさえながら顔を覗かせた彼女はいつもは恥ずかしそうに困り顔で笑っているが今日は珍しくその雰囲気はなかった
「おやクローム、どうしたのですかそんな楽しそうな顔して」
「楽しそうなのは骸様のほう。千愛とお買い物に行くんでしょ?」
「えらく情報が早いですね」
「‥千愛とさっきぶつかって」
「ああ、なるほど」
デート気分でいいでしょう?、内緒話を聞かせるように耳打ちをするとクロームは頬を染めて微笑んだ
勉学に励んでいた頃は人間やマフィア、世界を憎み殲滅させようと毎日を過ごし いつ死んでも未練などなかったはずなのに
10年経った今は憎んだマフィアに僕自身がなり一人の女性の心が欲しいと願うようにまで変わり果てた
「僕はどこかで何か間違えたのでしょうかね」
「そんなこと…!」
「でもねクローム」
不安そうに僕を瞳に映すこの子に優しく頭を撫でると、安心したように瞼を閉じた
「正直、生きているのはいいものだと最近思いますよ。」
この世界は綺麗事ばかりで現実に目を向けようともしない人間で溢れている
けれどそんな絶望の淵で見えた光。本当に世話のかかることも多いですが、この世を美しく魅せるには十分すぎる光
こんな世の中だからこそ美しいのかもしれないですね
「…とてもおもしろいです」
道を間違えたかどうかなんて今の僕が決めることでもないですしね
誰かの為に生きる
それが千愛の為になら 悪くはないですね
「今日こそ千愛に呼び捨てで呼んでもらいます」
では行ってきますとファイティングポーズをすると、クロームは笑顔でいってらっしゃいとガッツポーズで見送った
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