大好きだった彼が突然会いたいと電話で話したとき、すぐに駆け出して会いに行く勇気が欲しかった。


あれから10年たった今でもあの頃の私はそう呟いている












背の低い黄色の花が空を見上げ咲き誇る季節になった


20代になって並盛の地を再び歩いた数少ない日々の中で 彼に出会ったのは約束していた訳ではなく

偶然だった







「もしかして、千愛…さん?」



実家にいた頃いつも日課だった犬の散歩道 懐かしさを頼りに歩いていると、私の名前を呼ぶあの声。

思わずあの頃のように振り返ってしまった私の瞳が映したのは


見覚えのあるハニーブラウンの髪をした男の子だった




いやもう男性と呼ばれる年齢だろう







「‥‥沢田、」





私の大好きだった人







「‥‥綱吉、くん」


そう名前を呟くとにっこりと綺麗に微笑んだ





「覚えててくれたんだ。なんだか嬉しいなー」



「忘れるわけないよ…卒業してイタリアに行ったんだよね?」

「うん、そうだよ。たまたま日本に用事があってね。‥明日の朝にはもう帰るんだけどね」



そう言って笑う彼は以前の幼さはなくなったが、あの柔らかい笑顔は健在だった






「‥‥こんな風に2人で話すのもあのとき以来だね」


「うん…覚えてたんだ」




忘れるわけないよと笑う彼の瞳はどこか淋しそうで


微かに声が震えてしまった私は うまく笑えていただろうか












いつかのあの日

まだ気の弱かった彼を私は大好きでした



勉強も運動も上手な方でもない、人に頼まれたら断れない。それでも柔らかく笑う優しい彼が大好きでした。



そんな彼の前に家庭教師を名乗る赤ちゃんが現れて彼の環境は変わり、彼自身も変わっていきました。

私は変わらず彼の隣にいましたが優しい彼は私を巻き込むまいと黙ったままでした。





ある日彼の家庭教師さんが私の前に現れて「アイツはマフィアのボスになる。お前はアイツの為に全てを捨てる覚悟があるか?」と聞いてきました。


私は彼のことが大好きでした。


でも私には彼のように仲間に囲まれて 困難に立ち向かって身も心も成長した訳ではありません

何かを背負っている訳でもありません



私はただの傍観者でした





私は彼の隣で何も変わらなかったのです






『私は彼の為に全てを捨てれません』



そうどこかで囁いた私の欠片を表に出すのが怖かった


感情とは裏腹のそんな残酷な言葉 冗談でも大好きな彼に言えなかった私を偽善者と呼ぶでしょうか


臆病者と罵るでしょうか






なにも言えない私に「じゃあもう関わるな」という家庭教師さんの言葉に囚われた私は、哀しくもどこか安心してしまいました




『それがお互いの為』
甘い言葉を自分に言い聞かせる私は彼想いだったのか、自分想いだったのか


今となってはわかりません








家庭教師さんとのやり取りを
彼に聞こえていたとも知らないままに










彼が並盛を離れる最後の夜

大好きな彼が「会いたい」と携帯を鳴らしました。

私は彼が大好きでした。でも、どんなに会いたくても私の足は立ち止まったまま


彼に会う勇気がなく靴を履いているのに玄関を開けて駆け出すことが出来ませんでした。



これが最後のチャンスとどこかでわかっていても



拒絶してしまった彼に

うわ言のように謝ることしか出来ませんでした



それしか出来ない自分に悔しくて涙を流しても

それでも私は彼が大好きでした



矛盾してるとあなたは笑いますか?





あの日鳴り響いた着信メロディは、あの日から鳴くことを知りません





それから私は彼に会うことなく 彼は遠くに行きました





あの日からボロボロになって 泣きわめいて後悔しても、それでもあの日の私はあの行動が私にとって最善の策で 私にとっての精一杯でした



彼にどう思われようと私にはあの応えが精一杯でした








あれから10年経ったある日

私の前に彼がいます
彼の前に私がいます





「俺、‥千愛に話したい事がいっぱいあるんだ」


「私も‥綱吉に言わなきゃいけないことがあるの」




10年経った今、私の前に現れた彼の目にはどう映っているのでしょうか

私はまだ臆病な目をしていますか?

それとも‥














少しだけでも、あの頃の隙間を埋めれるように



次に発せられる言葉が
どんな味をしようとも


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[mokuji]