例えばだけど、


いつも一緒に行ったカフェ

車でよく通った交差点

みんなで撮った写真の中






本当は俺だってもうわかってる


君がこんなところに居るはずないって事ぐらい













「はあ?ちょっと良く意味が理解できないのですけど…!」



説明してくださるかしら!と彼女は信じられないという表情でむせかえる程の甘ったるい香水の匂いを漂わせながら 赤く塗られた唇を器用に動かす







(‥はあ)




穏便に済めばとどこかで期待していたがやはりそう甘くないらしい。
めんどくさいことになったと彼女にはバレないように溜め息を深くついた





「‥‥だからね」

(初めから高飛車な女性はあまり好きじゃなかったしな)







「別れて欲しいんだ」







「ちょっと…そんなの納得できないですわ!」


「急なことも失礼なこともわかっています。‥でも俺はあなたを好きにはなれそうもない」


「なっ…!?そんな生意気な口叩いていいと思ってるの!?パパンのファミリーがボンゴレに敵対してタダで済むわけないでしょ!」





興奮したのか彼女の綺麗にカールされたブロンドの髪が大きく揺れ真っ赤なドレスの深いスリットからは白い足が覗いた







(そんなこと、最初からわかってるよ)









着ているジャケットの内側から黒く冷たい拳銃を取り出し 彼女の足元に迷いなく発泡した



「キャァァァァッ!!」


‥あまり使わないからって当てるつもりなんてないんだから、そんなに慌てなくてもいいのに。






「敵対するからってあなた達のファミリーは中小マフィアだ。ボンゴレの驚異にはなりませんよ」






「それに別れるもなにも、俺らはまだ何も始まっていないでしょ?」








(綱吉、ごめんね)




「あなたとはここでサヨナラだよ」
(綱吉とはここでサヨナラするね)









彼女と向き合っている最中目につくのは毒々しくも感じさせる赤だった



「…俺が求めてるのは、そんな色じゃないんだ」







脳裏に浮かぶのは雨のなか
いつも黄色の傘をさして俺を迎えてくれた千愛





だけどもう















「十代目‥‥」

「…ん?隼人、どうかした?」

「あっ、いえ…」



バックミラー越しに目が合えば運転中の隼人は目を泳がせて言葉を紡ぐのは躊躇するように口を動かす

車内は雨を弾くワイパーの音がやけに響き 外で傘をさして小走りに歩く人達を気にとめる事なく追い抜いていく




「ごめんね、あのファミリーとは手を組めそうにないかも」

「そんな!俺はあんなファミリーの事なんて気にしてません!」



だいたいあの女も十代目には相応しくないですと力説する隼人にそうかもね、と笑みが溢れてその優しさに少し救われる







「十代目はまだ千愛のこと‥」




隼人も学生時代を共に過ごした1人だから もちろん彼女のことも知っていた




「‥‥千愛のことは 今も忘れられないよ」






イタリアには連れて行けないと一度は手を振りほどいても、千愛は何もかもを捨てて俺に寄り添ってくれた




「あいつのことを考えただけで心が満たされて、俺はどんな時でも笑っていられたんだ」








「綱吉、あたしね」




「だけど俺の手が血で染まっていく程、千愛に触れられなくなった…汚してしまうのが怖かったんだ」



「‥辛そうにする綱吉をっ…もう 見てられないよ」







だけどもう 遅い


「あの頃には‥もう戻れないから」



俺は千愛を失ってしまった







「十代目…」

「もう、終わってしまった話なんだ」







――綱吉。

これは私が出した結論なの

「だから自分を責めないで?」


貴方は優しいから。
悲しみなんて似合わないから、ほら笑って?






俺を迎えてくれた黄色い傘をさして

俺の前からサヨナラなんてしないで





「離れてても、綱吉の幸せを願ってるから」






俺はいったい何をあの頃に置いてきてしまったんだろう




彼女の言葉にまだ俺は救われることは出来なくて

悲しみは枯れることなく俺を離そうとしない












「ははっ‥、俺 は」




俺は大切なモノをいくつ失えば

気が済むんだろうか?








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