月明かりが照らされた廊下をギシギシと音を立てながら走る影が一つ


普段なら月見をしながらゆっくり廊下を渡り 今日はどの焼酎を飲もうかと悩む暇さえ 今日の僕には余裕がない





「雲雀さん、千愛さんが来てるよ」



沢田綱吉の言葉でこんなにも平常心が保てないなんて、これも珍しく屋敷に顔を出している彼女のせいに他ならなかった





廊下を渡って見えたのは屋敷の奥にある庭園、そこにあるのは色とりどりの季節の花を咲かせる木々と 浅いが透き通った水が奥底まで広がる池


池横にある石垣に腰を下ろし季節的にはまだ冷たい水に足を浸けながらバシャバシャと遊んでいる彼女が見えた。

まだ2月だというのに、何を考えているのか理解に苦しい





「‥なにやってるの」



ふわふわとしたシフォンの白いワンピースに濡れた素足 栗色の細くて柔らかそうな髪が風になびく姿をじっと見つめた




「お帰りなさい、恭弥くん」



挨拶はいいから、と勢いよく彼女の手をとり池から足を遠ざけ屋敷の中に連れ戻した




「‥‥哲、タオル」

「へい」



哲の廊下を走り去る足音を聞きながら膝をつく形でしゃがみ 自分が持っていたハンカチで彼女の足を包む






「全く、‥何考えてるの」


触れた足はやはり冷えており白い肌が爪先の赤さを強調していた




2週間ぶりの再会。
久しぶりに見た彼女はどこかいつもと雰囲気が違った



ああ、わかった






「口紅 変えたの?」



下向きがちだった彼女が僕に視線を合わせ 微笑んだ




「ありがとう、恭弥くんは気づいてくれて」


あの人ったらイタリア男のくせに女性の変化にも気付いてくれないのよ

文句を言いながらも笑う彼女はどこか楽しげだ




つい口が緩んでしまうぐらい堪らなく可愛いいのに
あいつはなんで気づいてあげれないんだと心の奥で毒づいた







「恭弥くんのほうがイタリア男っぽいよね、そんな恭弥くんにはい。これ」



バレンタインは過ぎちゃったけど と言いながら差し出された手には小さなウイスキー・ボンボン
取り出したと思われるスカートのポケットからはコロコロと同じ包み紙のチョコが見え隠れしていた




「千愛、僕をチョコなんかで酔わせてどうするつもり?」


「たまには顔を赤らめて酔う恭弥くんが見たくって」




こんなこと言われたら ほら、また口が緩んでしまう





「僕は千愛に酔わない日なんてないのに。君はちっともわかってくれないね」


「ふふ、そんな口説き文句どこで覚えたの?」



可愛い女の子はイチコロね
千愛は可笑しそうにウイスキー・ボンボンの包みを広げ自身の口に運んだ





「子供扱いしないでよ。僕はもう大人だよ」



「そうね、あの人が綱吉くんや恭弥くん達を日本から連れて来てもう何年くらいたつのかしら?」


「さあね」




あの頃の僕はまだ幼くて

行動や発言でどれだけ千愛を困らせただろう






「あいつは‥まだ帰ってきてないの?」





ドジッ子なあの人でもボスだから きっと忙しいのよ

ふわりと笑う千愛は儚げでいまにもどこかに消えてしまう気がして







「‥辛くないの?」





「‥でも、そんなあの人じゃなきゃダメなの」






なんでだろうね?
困ったように笑う千愛はあいつと夫婦な筈なのに 片想いをする女性のようで





「恭弥くんにも、この人じゃなきゃだめって子が現れるといいね」



「僕もそう思うよ」






君が笑ってくれるなら


傍にいれたらどんな形でだっていいじゃないかと思えるようになったんだ

僕はあの頃の僕より大人になったと思わないかい?



愛しい千愛にだからこそ
伝えないと誓った





言わないよ、千愛だけには
絶対に






「あいつが居ない分、僕に甘えていいからね」


新しいチョコの包みを開けた千愛が、ふわりと微笑んだ






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