- ナノ -


県有数の敷地面積を誇るひょうたん湖公園では、毎日何らかの催しがある。シゴトの依頼が入るまでの副業として、私はそのときの季節に応じて屋台を出している。真上にあった陽が西に傾き始めた頃、遠くから見慣れた姿がこちらへ向かって歩いてきた。

「おじさん、綿あめをひとつください」
「かしこまりました。お久しぶりですね、お嬢さん」

季節は冬。沢山の樹木は越冬の準備を終えたのか、葉が一枚もついていない。湖の表面には薄氷が張っていて、たまに空から舞い降りてくる鳥がつるつる滑っている。
機械の真ん中にザラメを入れて、回転スイッチをオンにする。糸状になったザラメが蜘蛛の巣のように張られたのを確認し、しばらく割り箸をくるくると回す。彼女の顔をすっぽり覆うくらいの大きさになったら引き上げて、最後に形を整える。

「はい、できました」
「ありがとうございます」

代金を支払った彼女は近くのベンチに腰掛けたあと、綿あめに口を付ける。袋詰めの済んだ綿あめも店頭にいくつか並べているが、できたては暖かい日の綿雲のように優しい味がすると中々の評判だったため、彼女にそれを食べて貰いたかったのだ。そして嬉しいことに、彼女は顔を綻ばせ、綿あめに夢中になっていた。

しばらく経った頃、彼女の座るベンチに視線を移すと、彼女はひょうたん湖を静かに見つめていた。いつもであれば食べ終わった後、私にごちそうさまと声を掛けてくるはずなのだが。
気になった私は、「仕込中」の看板を屋台に立てかけて、彼女の側に近づいた。

「ヒョッシーはもういませんよ」
「そうなんですか?!」

まさか予想が当たっていたとは。
彼女は目を丸くした後、がっくりと肩を落とした。興味がそがれたとばかりに、マフラーを巻き直した彼女はベンチから立ち上がった。

「ごちそうさまでした」
「またのお越しをお待ちしております。その割り箸、こちらで捨てておきますよ」
「いいんですか。お願いします」

彼女はぺこりと頭を下げたあと、私に背を向けて公園の出口へ歩き出した。
途中何度か名残惜しそうに、ひょうたん湖へ視線を向けていた。


コロシヤと冬
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