鳴り止まぬ心音


薬品の匂いで頭がくらくらしそうになったけど、目の前の光景によって現実に引き戻される。目に涙をたくさん溜めて、つばめは下唇を噛んでいた。ぷっくりとした唇は、今にも血が出てしまうんじゃないかと思えるほどに赤い。つばめの悪い癖だ。


「転んだだけだもん」


なんて嘘つきな女の子だろうと、オレは思った。体のあちこちに包帯を巻かれた姿は、痛々しくてまっすぐに見ることができなかった。けれど、白い包帯を真っ白な肌に巻いたつばめは、真っ白なベッドに同化してしまいそうに見えた。


「なんで嘘つくんスか」
「嘘なんかついてないもん」
「転んだだけで、全身に打撲ができるんスか?」
「そうだよ。わたしがドジなの、涼太くん知ってるでしょ」
「だからって、そんな怪我するわけないでしょ」


少し強く言ってやると、つばめは驚いたのか肩をびくっと震わせて眉を下げた。違う、怒りたいわけじゃない。いや、怒りたいけど、相手が違う。聞いたんスよ、黒子っちから。オレ、全部知ってるんスよ?なのに、なんで、


「オレのファンってやつらにやられたんスよね?」
「……」
「ごめんなさい。何も、知らなくて。でも、もう大丈夫っスよ」
「…なにが?」
「え?」


治療のときに脱いだブレザーを、思いきり顔に投げつけられた。痛くはなかった。投げつけたつばめの方が、痛そうな顔をしていた。


「大丈夫なんかじゃない!」
「つばめ…」
「どうしてわたしが保健室で包帯巻かれなきゃならないの!?どうしてわたしが!どうして…なにも、なにもしてないのにっ」


わぁわぁと両手で顔を覆うつばめに、かける言葉が見つからない。きっと、何を言っても無駄だと思う。胸がずきずきと痛む。嫌われたくない、いや、もうオレのことなんて嫌いかもしれない。でも、嫌だ。ベッドに駆け寄って、夢中でつばめの体を抱きしめた。抵抗されたけど、それでも離さない。かっこ悪い、女の子の前で泣くなんて。やがて諦めて、オレの背中をぽんぽんと優しく叩く。


「…嘘つきは、涼太だよ」
「ど、どういうことっスか?」
「……ま、守って、くれるって、約束したのに」


その言葉を聴いて、最初は何を言っているのかわからなかった。けど、だんだん思い出したんだ。泣いているつばめを、前にもこんな風に慰めたことがあったことを。


「大丈夫っスか?つばめ」
「…うん」
「痛い?」
「…ううん」
「痛いときは痛いって言っていいんスよ?つばめは女の子なんだから」
「だって、すぐ泣くから嫌いって、みんなが」
「オレがみんなに言ったから、もう大丈夫っス。だいたい、つばめは何も悪くないじゃないっスか。またなんかされたら、オレが助けてあげるっス。つばめはオレが守る」
「りょうちゃん、つばめと約束してくれる?」
「はい!」



ああ、そうだ。あの時も、つばめはクラスの女子に嫌がらせをされて泣いていた。嘘つきはオレの方っていうのも、間違ってはいない。


「もう、絶対に約束は破らないっス」
「……うん」
「だから、約束して欲しい」
「なに、を?」
「ずっとオレのそばにいてください」


ぎゅっとさらに強く抱きしめると、うん、と小さな声で耳元で答えてくれた。心臓が早鐘を打って、しばらく収まりそうにない。オレをこんな風にさせるのは、きっとつばめだけなんだろうなあ。もう、今日から君を泣かせたりはしない。約束だよ。





慈愛とうつつ提出

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