美香はよろよろと座り込んだ。足はもう棒のようだし、お金は持ってないし、道に迷うし、お腹は空いたし、喉は乾いた。踏んだり蹴ったりな状況に美香はうな垂れた。
そもそも踏んだり蹴ったりなこの状況には深い理由があるのだ。
「っていっても道に迷った挙句にお財布を忘れてきただけなんだけどね」
美香は旅行者だった。不幸に不幸が重なってこんな状況になったのではなく、ただ単に美香が抜けているだけである。ホテルを出てから地図がないことに気づき買おうとしても財布をホテルに置いたままで出歩いてしまったのだ。
「誰もいないから道も聞けないし、困った」
取りあえず目の前にあった店の階段に腰をかけぼんやりと考えた。
どうでもいい話だがかなりこの辺りは寂れていた。後ろを振り返りその店の店名を見ればかなり変わっていると思った。
「デビルメイクライとか変わってるわー。そもそもピンクのネオンとか悪趣味だわー。デビルって悪魔だわー。逆にどんな店なんだよって感じだわー」
どうせ潰れているんだろうと散々な言葉を吐いた。
もー、っと眺めながら貶していると後ろから男の声がした。
「悪趣味な店で悪かったな」
「おおう!?」
素っ頓狂な声をだし振り返ると銀髪の男だった。不愉快そうに顔を歪めるその男はこの店の主らしい。
「ごめんなさい! てっきりこんなボロボロだから潰れてるんだと、……あ」
「アンタなかなかいい性格してんな」
そう言う男のこめかみは引き攣っていた。
「まあ、いいさ。帰りな」
そう言いながら私を通り過ぎ店に入ろうとする男を慌てて引き留める。
「ちょっと、待ってください!」
「なんだよ。もう謝ったって許さないからな」
前より更に(当たり前だが)不機嫌になった男が顔だけを私に見せる。しかし私はそんなことを形振り構っていられない。慌てて声を出した。
「いいえ。そんな事はわりとどうでもいいんです。お水を恵んでください!」
「……アンタいい根性してんな」
そしてお水を恵んでもらった私はごくごくと飲む。もちろん水道水じゃないよ! ちゃんとペットボトルに入ったミネラルウォーターだよ! いい人だったよ。銀髪だからどんなヤンキーの兄ちゃんだよとか思っていたけど、結構いい人だったよ!
「三本も飲んでるくせに本っ当にいい性格してんな」
声が漏れてたみたいだった。おっとすまねえ。
溜息を吐きながら疲れたように銀髪のお兄さんが喋りかけてきた。
「すげえ勢いだな。どんだけ喉が乾いてるんだよ」
「お腹も空いてます」
「……」
なんとピザまで食べさせてもらいました。
「さて、アンタどっから来たんだ」
「ごちそうさまでした。私は旅行でここに遊びに来たんですけど迷ってしまって」
「ふぅん。よく無事だったな。この辺は治安が良くない。アンタみたいなお嬢ちゃんいつ襲われてもおかしくないぜ」
「えっ、そうだったんですか」
「まあ、アンタの場合は逆にいろいろと剥ぎ取りそうだけどな」
失礼な。そんな事が出来る訳ないじゃないですか。まあペットボトル三本とピザをお兄さんから頂きましたけど。でもこれははぎ取ったんじゃなくて好意を頂いただけで、アレでもこのお兄さんに無理言って貰ったし、もしかしてはぎ取ったも同然?
「えっと本当にありがとうございました」
申し訳なくなってもう一度頭を下げた。
「それでそろそろお暇したいんですけど、今持ち合わせがなくて」
「別に期待してねえから大丈夫だ」
「本当にありがとうございます。必ずお礼します! それじゃあお暇したいんですが、」
「おい、話を聞いてたか? この辺は治安が良くないって言ったろ。アンタ一人じゃ危険だ。……仕方ねぇから送るよ」
「何から何までありがとうございます」
「いや。そんなに礼を言われると照れるだろ」
ちょっとだけ照れたようにするお兄さんにきゅんとしながら私は続けた。
「日本人の美徳ですかね。それで、あの」
「あぁ、分かったよ」
そう言って立ち上がろうとするお兄さんを私は手で制した。
「その前にトイレ借りていいですか? 本当はそれが言いたくて」
「……店の裏だ」
こうして私たちが出会ったのである。
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