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賽は投げられた



 悪魔に狙われている。それもかなり知能が高く、能力が高い悪魔に。いや、悪魔というのは語弊がある。正確に言うならば悪魔のような男だ。
 逃げようにもその辺にいる男どもより強いあの男には、おそらくボディーガードのようなものを雇っても無駄だろう。返り討ちにされるのが関の山だ。
 そう思ったからこそ、悪魔のような男に狙われている女、名無しはいくつもの情報屋に聞いて回り凄腕と有名の男がいる店の名前を聞いた。
 藁にもすがる思いでその店、デビルメイクライを尋ねたのはその直ぐだった。それがこんな事になるなんて。名無しは数分前の自分を悔やんだ。
 
 まず店主に会った時、思わず卒倒しそうになった。なんと店主はその悪魔のような男だったからである。ああ、私の人生は終わったと半ば諦めたのだが、悪魔のような男は予想外の反応を見せる。
 
「合言葉ナシなら断るぜ」
 
 なんと目の前の男はまるで自分の事を知らないかのように接してしたのだ。名無しを面倒くさそうにチラリと見ただけで、直ぐに銃器の手入れに没頭し始めた。
 予想外すぎる展開に名無しは一瞬唖然とした。そしてその後慌てて思考を働かせて、目の前の後子を観察し始めたのだ。
 なんとなく雰囲気があの悪魔のような男よりも柔らかいのかもしれない。そしてそれ以前に声が違う。何よりも自分を知らない。
 
 他人の空似かと一瞬思ったが、こんなに似ている人間はそう存在しないだろう。これは厄介事になるかもしれない。だが、他にあの男を追い払えそうな人間は存在しないのだ。いろいろと思考を巡らせここに来た目的を離そうか否か迷っていると、いつまでも玄関に突っ立っている名無しに焦れたのか男が顔をあげた。
「何の用だよ」
「あの、ある男を追い払って欲しいんです」
「そのテの依頼は受けていない。残念だが他を当たってくれ」
 名無しの依頼内容を聞いた男が顔をしかめ答える。よほど内容が彼好みではなかったのだろう。
「面倒事はよそでやってくれ。ただでさえこっちも面倒な事になってるんだ」
 溜息を吐きながら心底疲れた顔で呟いた。そこまで追い詰める「厄介事」に名無しは興味を惹かれたが、初対面では聞くことは出来ないだろうと思い黙ることにした。
「俺だって、アイツを追っ払いてえよ」
 男が小さく呟くやいなや、急に何かに気づいたのかハッとしたように名無しを映す。心なしか瞳が輝いて見えた。
 なんだ、なんかとてつもなく嫌な気がする。思わずサッと男の瞳から視線どころか顔まで反らす名無しに嬉々とした、弾んだような声で尋ねられた。
「なぁ、名前を教えてもらってもいいか?」
 この質問に答えるべきではないと本能的に悟るが、聞かれて答えないわけにはいかない。名無しは渋々と答えた。
 
「名無し、いいぜ、その依頼受けてやる。いやぜひとも受けさせてください」
「……え?」
 さっきまで面倒事だとか散々に言っていたくせにと身のかわりの速さに名無しは驚く事しかできない。なぜいきなり依頼を受ける気になったのかと気になったが、いくら考えても答えは出なかった。だがしかし助けてくれるならとこの際、男の反応には目をつむり頷いた。
「俺が依頼を受けたいのはやまやまなんだが、ちょっと用事が入っててさ。その代わりかなり腕の立つヤツを紹介するよ」
「……え?」
「大丈夫だ。アイツはかなり強いし、長所は顔だ。きっと気に入る。ああ、本人が言うには力だったな。だったらなおさらこの依頼には打って付けだな!」
「……ええっ!」
 にこやかに話を進められ名無しは焦った。なんだろう、何かの罠に掛けられているような気がする。いやその罠がなんだか何となく予想ができる。そして代役として紹介されるはずの「アイツ」とやらにも。長所が顔と力という男。悔しいがその長所には同意をせざるを得ない。なぜなら、名無しも最初に会ったときに見惚れたからだ!
 
「おっ、ちょうど帰ってきたな」
 重い、軋むような音を立てて後ろのドアが開いたのが分かった。
「バージルに依頼だ。じゃ、頼んだぜ」
 目の前の男が楽しそうに笑う。こんな風には笑ったりはしないものの、後ろを振り返れば似た顔つきの男がいるんだろう。
「謀りましたね」
 それはこの場に居る二人の男に。目の前の男にはこの状況を作り出した事への意味だ。おそらく名無しがここに現れるのは知らなかったのだろうが、途中から気づいていたはずだ。
「なんのことかわからないぜ」
 そして後ろの、悪魔のような男には、名無しがデビルメイクライに来るように仕向けた事への意味だ。
 
 
「どれだけ用意周到なんですか」
 
 
 おそらく名無しが情報屋たちに聞きまわることを見こし、先手を打ったのだろう。情報屋から次の人へと、最終的にはこの店に辿り着くように、名無しに気づかれないように誘導していたのだろう。とことん頭の回転が速い男だ。

 振り返り睨むと、その男は満足気に瞳を細めた。
 
 
 
 そして、
「よかったな名無し。簡単に話がまとまったじゃねぇか」
「そうですね」
「なんだよ、不満か? 言っとくけど腕は一流だぜ」
「…………知ってます」
 まとまったもなにも、勝手に纏めたのはそっちじゃないか! 名無しが口を挟む前にとんとん拍子に話を進めたのだ。まさか依頼主が拒否する暇もなくこんな状況になるなんてと頭が痛くなった。
 それにどうせ断ったってこの流れの繰り返しだ。かなり頭が切れるバージルの前では何をどうしたって逃げられる気がしない。ならいっそ、流れに身を任せてしまえと疲れた頭で結論を出したのである。腕が一流なのも知っている。一流すぎてこうなったのだから。
 
「なにがいけなかったんだろう」
「最初からだと思うぜ」
 ぽつりと口に出せば飄々とした返事が返ってくる。チラリともう一人の男を見れば優雅に紅茶を飲んでいた。ちくしょう、様になっているな、黙っていれば長所が顔というのも頷ける。
 くうう、と悔しがる名無しに上機嫌のダンテは更に続ける。
「それにしても俺たちが半分悪魔だって知っても驚かないなんて、胆が据わってるな」
 そりゃあもうその位では驚かない体験をさせられていたからだ。悪魔の血が入っているというのもあの強さを目にすれば、むしろ納得だ。んん? その程度じゃ驚かないようにするためあんな経験をさせたのか? どこまで策略家なんだよ!
 
「それに依頼料だっていらないし、すっげえ得だと思うぜ」
「逆に怖いです。後で何を請求されるのか分からないですし」
「大丈夫だって! バージルが半分悪魔だからって魂を寄越せなんて言わないぜ」
「……はあ?」
 いや、それは当たり前だという言葉は呑みこんだ。
「せいぜい名無しの一生を捧げるくらいだし」
「魂の次に性質が悪いです!」
 声を荒げる名無しをよそにバージルは二杯目の紅茶を楽しんでいた。
「そう言うなよ、義姉さん」
「姉さん? ……義姉さんっ?!」
「末永くよろしく頼むぜ」
「いやいや、そんな関係にはなりませんから!?」
「男の子が生まれたらネロって名前にしてくれよ」
「何の話っ、一体なんの話ですか!?」
「新婚旅行はフォルトゥナとかどうだ? あ、子供が生まれたら間違っても孤児院の前に置いてくるなよ」
「いやいやいや、だから!」
「スレたガキになっちまうからな」
 
 
 
 
 名無しの受難は始まったばかりである。
 
 
fin
 

おまけ
 
 
 
「怪我はないか」
 
 その男との出会いは最強だった。理解し難いなにかに襲われていたところを助けてくれただけではなく、第一印象(顔)が最強だったからだ。
 先ほどの問いかけも語尾に疑問符が入っていないあたり、怪我をする前にアレを倒せたという自信があるのだろう。
 顔だけでなくそんな些細な所まで最強だったとは。名無しは思わず顔を赤らめた。
 これはヤバい。あっさりと恋という名で陥落してしまいそうだと思った時だった。目の前の男が突拍子もないことを言い出したのは。
 
「結婚するか、死ぬか選べ」
「…………」
 
 
 あ、この人危ない人だ。と名無しは若干距離を取ったのだった。
 
 
 賽は投げられた。
 ここから物語は始まったのである。
 
 

 



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