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 無愛想で人に対して興味を示さないバージルの気を引くのはかなり大変だった。告白をされている現場を見てしまったときに予想していたがここまで大変だとは思わなかった。
 あの時は必死だったのだ。断るだろうと分かっていても、もし本当にそうなってしまったらと怖くなった。そして、そう思ってしまう自分も怖くなってしまう。
 
 バージルの事は知っていた。名無しの働いている店の窓から通り過ぎるのを何度か見ていたからだ。ガラス越しではなく、自分の目の前を横切った事もある。
 その時は整った顔立ちの人だなとしか思わなかった。一目ぼれをするようなタイプではない名無しは日常風景の一部にしか認識していなかったのだ。
 そして告白されている場面も何度か目撃している。なぜか散歩中やおつかいなど、バージルに会わなさそうな場所を歩いているのにも関わらず、そういう場面には出くわすのだ。
 あれだけ整っていればそれなりにモテるのだろうとは思っていたがまさかここまでとは知らなかった。その瞬間を目撃する度にこれから起こるであろう事を想定し、踵を返すのだ。
 なぜなら彼は決まって告白してきた女性に対して辛辣な言葉で返すから。オブラートに包むという事を知らない男の返事は何度聞いても辛いものであった。その冷たい物言いを直接言われる彼女はなんて切ないんだろうと、言われる対象者ではないがもし自分が当事者だったのなら耐えられない。悲しくて押しつぶされてしまうだろう。
 その思いすらも日常にした名無しは、いつも見ているだけだった。
 
 見ているだけで関わろうとも思わなかった
 
 
 ただの日常風景の一部にしか過ぎない彼に自ら声を掛ける必要はない。特に用もなければ他人なのだと、ましてや恋をするはずなんてない。彼は名無しの中でそういった浮ついた感情の対象には向いていなかった。
 
 だからこそ怖くなったのだ。自分がバージルに告白したあの日。いつものようにその場面を目撃したあの時。
 名無しの中で何かが弾けた。それはパチリと火の中で木の枝が立てる音にも、火花が爆ぜる音にも似ていた。小さく弾けたその音は、一瞬で名無しの思考を巡り、そしてある感情を爆ぜさせたのだ。
 
 それから速かった。何かに突き動かされるように彼の腕を引き、初めて顔を合わせ、会話をした。ただ顔を合わせただけなのに弾けた感情が、何倍にもなって今までに感じたことがないほど幸せにさせたのだ。
 怪訝に見つめてくる瞳ですら嬉しくて、思わずふにゃりと笑ってしまった。
 名前すら知らなくて申し訳なくなりながら尋ねれば、いつもと違う表情が垣間見えて彼の事を何も知らないのだと実感した。名前だけではなく、表情ですらこんなに変わることを知らなかった。不機嫌そうな顔を知っているだけで、まだ何も知らないのだ。
 当たり前だと感じる一方で今までなにをしていたのかという理不尽な思いすら生まれる。
 会話をしながら、訳のわからない思いに俯けばなにか赤い線のようなものが見えた気がした。自分の指からバージルの指へと、一瞬で見えなくなってしまったが、まるで紐のような。
 まるで伝説の赤い糸みたいだと、そう思った時、急に頭から冷水を浴びたように冷静になる。赤い糸なんてあるはずがない。私は一体何をしているんだ。なぜこんな行動をしてしまったんだ。
 
 それが言い表せぬ恐怖を煽り、手短に話しを進め終わりを告げた。
 それでもバージルを視界に入れる度に、何かが弾けるのを止められなかった。
 
 
 それ以来姿を見かければ積極的に声を掛け、気が付けばデビルメイクライにも遊びに行くようになった。こんなに行動力があるとは自分でも知らなかった。
 バージルの弟であるダンテは双子とは思えないほど極端な性格だった。バージルは常に不機嫌そうな顔つきでいるが、ダンテは明るく友好的な性格で、いきなり現れた名無しとも嫌な顔せず関わってくれた。
 
「その指輪、よく眺めてますよね」
 
 バージルは所用で外に出ており今は二人だけである。ダンテがその指輪を気に入っているのは明白で尋ねなくてもわかっている。
 
「凄く古いものなんですか?」
「ああ、多分な」
「そんなに大事にしてるってことは、誰かから貰ったものなんですか?」
 
 そう問いかけるとダンテがよくぞ聞いてくれたとばかりに顔を綻ばせた。なにかのスイッチを押してしまったらしいと思いながら耳を傾ける。
 とても好きな彼女がいてその人から貰ったという事から、出会いやら彼女の性格まで。その女性がとても素直ではなく、そこがまたうんたらかんたら。と惚気の中に興味を惹く言葉があった。
 
「赤い糸ですか……?」
「嵌めてみるか?」
 
 前に一瞬だけ見えた赤い紐を思い出す。あの時は見間違いだと思ったが、本当にあるのだろうか。それは魅力的な申し出だった。嵌めてしまえば、見えた紐のことも、今の想いがどうなるのか、知りたいことがすべて分かるだろう。だが、
 
「やめときます」
「そうか」
 
 それを知る事すら怖かった。この恋心が叶うのかという単純な話ではない。名無しが恐れるのはあの時に湧き上がった感情が、赤い糸に作用された感情だと思いたくないからだ。
 急に弾けるような思慕の念に、見間違いでもその存在を知ってしまった赤い糸。
 この想いが作られたものだと考えたくなかったのだ。
 
「バージルさんも嵌めた事があるんですか?」
「一度だけな。でもすぐに外した」
「相手は……、」
「確認しに行かなかったぜ。興味ないってな」
「そう、ですか」
 
 噛み締めるように呟いた後、名無しは真っ青になった。
 そもそも赤い糸の相手が私であるとは限らない。や、やっぱり嵌めてみようか。いや、でも。百面相をする名無しを眺めていたダンテが笑った。
 
「大丈夫だ。きっとつながってるって」
「だといいんですけど」
 これではさっきと言っている事が逆だと内心で呆れながら返事を返す。
「名無しみたいに根性がある女っていないぜ。大体はアイツの一睨みで逃げちまう」
 それは知っています、という言葉はあえて口に出さなかった。
「それにアイツの事、好きなんだろ?」
 
 
 諌めるような、慰めるような柔らかい口調だった。
「その感情は作りモンなんかじゃない」
 なぜ考えていることが分かったのだろうと不思議に思った。まさか口に出ていたのだろうか。それとも顔に出ていたのか。
「俺だって、この感情がそんなくだらないもののせいだって考えたくない」
 その台詞がダンテの口から出てきたとき、どうしようもなく申し訳なくなった。ダンテはもう相手を知っていて、好きになった方もダンテで。きっと名無しと同じように爆ぜたのだろう。同じように困惑したはずだ。
 彼が一番、その葛藤の中で苦しんでいるはずなのに。
「あの、ごめんなさい」
「あやまるなよ。謝られたら肯定されたみたいだろ」
 
 
「この想いは本物だ」
 
 
 ニッと屈託のない笑顔を向けられ名無しも笑った。
 そうだ、私だって本気なんだ。
 ダンテの屈託のない笑顔に不安が吹き飛ぶ。
 
 もしかしたらダンテがよくしてくれたのは同じ境遇だっからかもしれない。指輪の効果の、赤い糸によって感じる葛藤に、爆ぜさせた思いを。赤い糸よって相手への眠っていた恋慕を知り来るはずだった運命に気づいてしまった立場に。
 ダンテはそれらを共有している事に知っていたからかもしれない。
 
 この恋心は作られたものなんかじゃないし、本当に好きな人と親しくなりたい。
 もっともっと色んな事を知りたい。教えて欲しい。だからこそ。
 
 
「私はバージルさんの事、バージルさんに教えて欲しいです」
 
 
 まっすぐに見つめてそう言えば、新しい一面が見えた気がした
 
 
 


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