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 赤い糸の存在をバージルが認めてから数日が経った頃だった。
「バージルさん、好きです」
「……」
 ある女にバージルが告白されていた。
 
 今までにも告白してきた女はいた。
 そのたびにダンテにたしなめられる無愛想さをいかんなく発揮して断ってきた。たいていは睨むだけで相手が身をすくめる。
 その反応がバージルの感に障った。自分がこういう人物だと知らないのなら最初から声を掛けなければいいのに。
 そしてバージルはイライラとした声で言うのだ。
「迷惑だ」
 と。
 今回もそのバージルの無愛想が功をなしあっさりとその女は引き下がった。
 
 しかしいつもならこれで終わっていた茶番は続いた。ようやく帰路につけると歩き始めたバージルの手を誰かが掴んだのだ。
 さっきの女がまだ何か言いたい事があるのかと、そう思ったバージルは面倒そうに緩慢に振り返った。今度はさっきの比ではないくらいに、もう声を掛ける事もないくらいにあしらってやろうと思ったのだ。
 
 だがバージルの目に映ったのは予想もしない人物だった。全く知らない女が自分の手を引いて、目があった瞬間に嬉しそうに笑う。何がそんなに嬉しいのかとイラつくバージルにその女は全く物怖じしなかった。さっきの女は一睨みで逃げ出したのにと、そう思った。
 
「好きです」
 
 相変わらずニコニコと微笑みながらその女は言った。さすがのバージルもこれには驚いた。この女はさっきの女とのやり取りを見ていなかったのか。あれだけ冷たくあしらわれた状況を見た後なら普通は声を掛けてこないだろう。声を掛けてきたとしても告白なぞ絶対にしてこないはずだ。
 そう驚くバージルの内心を読み取ったのかは知らないが、目の前の女が答える。
「あ、ええと。いきなりごめんなさい。でもやっぱりモテるんだなって思ったら、先を越されたくないなって」
 申し訳なさそうに謝られ毒気が抜かれる。あの女にはハッキリと拒絶の意を示したのだから先を越されるもなにもないだろう。
「私は名無しっていいます。あなたの事は何度か見かけたことがあって、それで、ええと」
 今度は困ったように話し始める名無しに変わった女どと素直な感想を心の中で述べた。だが毒気を抜かれたとはいえ、告白に応えるつもりはない。先ほどと同じようにバージルは口を開いた。
 
 断る、と簡潔に伝えると名無しはやはり笑った。
「はい。そう言うと思ってました」
 あなたからしたら初対面ですもんね、と和やかに答えられる。ところで、と名無しの口から次の爆弾が投下された。
「すごく申し訳ありませんが、……お名前聞いてもいいですか?」
「……はあ?」
 バージルらしくもない声が漏れた。この女は名前も知らない男に告白をしてきたのか。ああだから今まで名前を呼ばず「あなた」呼びだったのか。そう思うと肩の力が抜ける。最初から名無しの告白にyesと言うつもりはなかったのだが、なんだか真面目に告白に答えるのが馬鹿バカしくなった。
「バージルだ」
 
「……バージル、さん」
 名前を確かめられるように呟かれ気恥ずかしくなったが、それと同時に名無しのことを変わった女から変な女と認識を改めたのだった。
 
 
 それから今に至る。バージルの名前を知った名無しは満足げに帰って行った。バージルももう会うことはないだろうと高をくくっていたのだが、あっさりとそれは覆された。道を歩いていれば名無しはよくバージルに声をかけにいった。気が付けばいつの間にかデビルメイクライに出入りするようになりダンテも面白がりながら名無しを歓迎した。
 
  
 名無しと関わっていくことで気が付いたことがある。彼女はバージルのことを何も知らなかった。まあ、名前すら知らなかったのだから当たり前だが。しかしデビルメイクライはこの辺ではそれなりに名が通っているのだから、調べようと思えば何らかの情報がわかるはずだ。それなのに何も知ろうとしない名無しが不思議でバージルは尋ねてみた。
「多分ですけど、誰かに聞けばバージルさんの事もっとわかると思います」
 名無しが急に真面目な顔になる。まっすぐにバージルを見つめ、でも、と続けた。
「陰でこそこそ調べられるのはバージルさん嫌いかなって思ったんです」
 
 
 私はバージルさんの事、バージルさんに教えて欲しいです
 
 
 その台詞に自分の中の何かが揺らいだ気がした。
 
 
 


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