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 バージルの後を追って外に出たが姿は見えなかった。名無しが左右を見渡すが結果は同じだった。改めてデビルハンターの、バージルの身体能力の高さを実感する。
 一瞬だけ名無しは呆けたがすぐに唇を噛み締め家の中に戻る。
 
「指輪を貸してください」
 赤い糸ならどんなに離れていても指し示す相手に導くだろう。そう思いいたりダンテに頼んだ。理由を聞かなくともその意味を理解したのか、何も言わずにダンテは差し出した。
 まじまじと手の中にある指輪に視線を送る。年季があり古めかしい指輪だ。これが人の運命を変えてしまうのだから恐ろしい。だが名無しは感謝していた。バージルへ引き合わせてくれたことへ感謝していた。
 勢いよく指を通すと赤い糸が出現した。分かってはいても実際に目にすると驚きが湧き上がってくる。本当にあったのかと思い、細い糸を指で挟みなぞる。赤い糸はあまりに細く今にも千切れてしまいそうな感覚を引き起こした。そして今にも千切れそうな2人の関係のようだと思い苦笑する。
 ダンテの方へ顔をあげれば行ってこいと促され名無しは走った。
 
 紅い糸を辿り走った。最短距離を示しているのか川の上や建物の中を伝っている。屋根の上に導かれたときは思わずめまいがしたが、名無しは諦めずに走った。
 そして赤い糸はある男へと導いた。
 
「うそ」
 その男は名無しの想い人ではなかった。いつも親しげに声を掛けてくれる知り合いだったのだ。
「……うそだよ」
 真立ち竦んでいるとその男が名無しに気づき歩いてくる。顔色が悪い事に気づき労わるように声を掛けられた。
 そこであることに気が付いた。男の後ろに赤い糸が伝っている。陰になって見えなかったが糸は男を通り過ぎ奥に続いていた。
 
 次の瞬間涙があふれた。
 
「うわ。どうしたの?」
「なんでもないです。ただ、嬉しくて」
 驚いたように男が声を漏らし名無しが答える。
 とんちんかんな回答に男が顔をしかめるが名無しは気にしなかった。
「わたし、好きな人がいるんです。でも喧嘩してしまって」
「そうなんだ」
「はい。だから謝ってきます」
「……うん。行ってきな」
「はい」
 名無しは笑いながら頷いた。そしてそのまま駆け出す。ある人からあの男の人は自分に好意を持ってくれていると聞いた。そんな人に今の話は残酷だろうか。たとえ酷いことをしているとしてもはっきりさせたかった。
 たとえバージルに振られても諦めない、と。

 もしこの先にいる人物がバージルではなかったらと考えると恐ろしかった。あんなにも急に膨らんだ恋心を怖がっていたのに、繋がっていたら赤い糸のせいかもしれないと恐れていたのに。
今では繋がっていない事の方が恐ろしい。こんなに好きなのに。好きなのに。大好きなのに!
 こんなに大好きな人がいるのに他の相手が運命の人間だなんて認めたくない。認められないのだ。
 そう感情が爆発した。肺が潰れそうなほど走った。足がもつれるまで走った。
 必死で赤い糸をたどる名無しの視界に終着点が見える。その人物の周りには人影はなく繋がる場所は一つだった。
 見知った背中を視界に収めた時、どうしようもない安堵感で一杯になる。安心と幸せで視界がまた潤みそうになった。

「好きです」
 バージルの数メートル先で立ち止まり震える声を出した。自分の存在に気付いてるはずなのに逃げずに話を聞くバージルに安心した。
 
「好きです」 繰り返した。その場で呟き後ろ姿をただ眺める。バージルはピクリとも動かなかった。
 このままでは駄目だと心に渇を入れ名無しは叫んだ。
 
「あなたが好きです!」
 ようやく足を前に踏み出した。一歩一歩、ゆっくりとそれでもしっかりと歩んだ。
 縮まる距離の分だけ赤い糸が短くなる。この糸のように私たちの距離も近くなればいいのに。視界の端に写るそれを見て思う。
 
「好き、好き、好き、大好き」
 次に噛み締めるように発した。この沸き上がる感情を呼ぶ言葉をこれしか知らない。
 紛れもない“愛情”だった。上辺だけの感情でも作られた感情でも、ましてや与えられた感情では決してない。
 
「最初は何も知らなかった」
 趣味や家族構成に職業、名前まで。顔しか知らなかった。しかし、今は違う。
 
「バージルさんには双子の弟がいて、名前はダンテで。本が好きで、難しい内容をよく読んでいて」
 色々知った。バージルの事を。あれだけ恐れた爆ぜた想いがいつの間にか無くなった。
 
「デビルハンターっていう職業で、凄く強いんです。本当はこの辺じゃ有名なんです」
 知れば知るほど好きになった。顔を見るだけで満足なんかしない。声を聞くだけでは満足できない。
 
「無愛想に見えるけど本当はそんな事ない。いつも悪態をつきながらダンテさんを信用していて」
 もう何も考えられなかった。どうしたら信じて貰えるのだろう。
 
「あなたの隣にずっといたいんです」
 おそるおそる手を伸ばした。告白したあの日のように勢いはない。
 
「好きです。付き合ってください」
 まるでリベンジのようだった。面倒そうに振り向かれ淡々とした声色で断られたあの告白のリベンジだ。
 きっと答えは何も変わらないんだろう。けれども諦めない。何度だって知り合いからやり直そう。
 そう思いながらバージルの手を掴み弱々しく握る。弾かれない事に安心し心の準備をしていると、予想に反してバージルの指が動く。その手は握り返された。
 
 その瞬間、ゼロ距離になった赤い糸が2人の手に溶け込むように消えるのが見えた。

 
fin


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