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「いつからだ」
「……」
 その意味を理解した名無しは黙り唇を閉ざしたまま立ち竦む。依然とバージルは剣呑な空気を孕んでいた。
「いつから気づいていた」
「……」
 答え方が見つからずそのまま口を閉ざす名無しとは反対にバージルは続けた。
 
「アイツが赤い糸に気がついたとき、」
 バージルのいうアイツという人物はおそらくダンテだろう。
「指輪を嵌めていたのは女の方だった。アイツは直ぐにその女にのめり込んだ」
「……」
「俺が指輪を嵌めて名無しが現れた。そういう事だろう。指輪を嵌めたその相手にその効果が表れる」
「……」
「もう無理して好意を示さなくていい」
 
 今にも泣きだしそうな名無しを視界に収めながら漠然とそう思った。
 無理しなくてもいい。そう漠然と思ったのだ。
 
 変わった女だと最初は思っていた。適当にあしらっていればそのうち飽きるだろうという予想に反して名無しはいつまでたっても隣にいた。
 そこである情景を思い出した。幼い頃の自分とダンテである。母親にはダンテと同じように愛情を貰っていたと思っている。それでもダンテの方がいつも構って貰っていたような気がする。昔から感情をうまく表に出せないバージルはダンテのように甘える事が出来なかったからだ。
 素直に感情を出せるダンテが羨ましかった。素直に甘えられるダンテが羨ましかった。羨ましい視界の中ではいつも微笑みながらダンテの頭をなでる母さんの姿があった。
 誰だって自分よりはダンテを選ぶだろうと思っていた。肉親ですら2人並べばアイツを選ぶ。それなのに自分を選んでくれる存在なんて在るはずがない。
 その意識が根底にあるときに名無しが現れたのだ。ダンテに会った時は驚いたように目を見開かせたがそれだけだった。すぐに視線をバージルに戻しそっくりだと笑うだけだった。
 面倒そうに接すると申し訳なさそうにするが、それでもまっすぐに自分を見つめてくる。まっすぐな好意がその視線から窺えた。
 いつしかその好意が心地よく感じるようになる。手を伸ばせば迷いなくその手を掴んでくれる。その手が愛おしかった。
 
 
「仮初めの愛情なんていらない」
 過去に馳せた意識を現在に戻すと自然と言葉が出た。まさか掴んだ手を自分から離す時がくるとは思わなかった。それでもバージルは耐えられなかったのだ。今まで心地よかった“愛情”が、自分へのものではなく繋がれた赤い糸へと向かっているなんて思いたくない。
 それでも真っ直ぐに向けられた愛情を疑いたくなかった。 
 バージルがはっきりと意識を保ち視線を合わせるといつの間にか名無しは元の表情に戻っていた。泣き出す訳でも視線を逸らすわけでもなく、ただしっかりと意を持った瞳とぶつかった。
 
「違います」
 
 バージルと目があった名無しが何かを言おうとする。
 何も聞かずに立ち去ってしまおうか。ふとバージルは思った。何も聞かなければ迷うことはないのだろう。迷うことなく切り捨てられる。だが意に反して足が動かなかった。
 まるでその先の言葉を待っているようで自分を滑稽だと嘲った。その滑稽さを肯定付けるように「違う」という一言が嬉しかった。無理しなくてもいいという問いにはっきりと「否」と答えた名無しに期待したのだから。
 
「わたしは」
 その先を続ける前にある人物が玄関のドアを開け家に入ってくる。ダンテである。
「なんだよ。2人してこっち見んなよ」
 2人に顔を向けられダンテが戸惑ったように言う。それだけでなく2人の雰囲気が尋常ではないなにかを含んでいたから尚更だ。
 邪魔しちまったか、と今帰ってくるべきではなかったとダンテが反省しているとバージルが動いた。
 ダンテを通り過ぎ家から出て行こうとする。
「バージルさん!」
 慌てたように駆け寄ろうと名無しも続いて動いた。
 何がなんだか分からないというようなダンテをそのまま置き名無しもダンテを通り過ぎる。
 外に出たバージルは名無しの声を耳にしながら大きく跳躍しこの場から立ち去った。



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