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 天気のいい日には一緒に散歩に行った。本が欲しいのだと聞けば着いて行った。最初は面倒そうに顔をしかめていたバージルも今では慣れたのかその申し出を当たり前のように承諾する。どうせ諦めないのだからと割り切ったのかもしれなかった。
 名無しもしかめられた表情を見る度に申し訳なく思っていた。だがこうまでしないと進展なぞ有り得ないだろうとの見解だ。だがいつからか名無しが申し出る前に当たり前のように声を掛けられた。
 
「本を買いに行くぞ」
 
 その一言を掛けられた時の感動は言葉に出来なかった。
 まるで隣に居るのを許されたかのように感じたからだ。泣きそうになりながら精一杯の笑顔を向けた覚えがある。
 
 バージルが読む本は純文学的なものが多く、その内容は複雑なものだった。難しい言葉に読めない字すらもある。その時には辞書なりなんなりを引いて理解しようと必死になった。名無しの好むジャンルではなかったが少しでもバージルとの趣味を合わせようと。
 いつの間にかバージルが直接言葉の意味を教えるようになり、内容も名無しが分かりやすいようにかみ砕いて話してくれた。
 
 その内にバージルが何を好んでいるのか大体わかってくる。
 啓蒙や思想など現実的なものばかりである。接していればリアリストだという事は分かっていたが、まさか読む本の内容までそうなのだろうかと面白くなった。だがその中にバージルらしくない本がたびたび混ざっている。
 悪魔関連の本である。それだけではなく魔術や錬金術など変わったものまである。名無しも読んでみようと試みたが難解で全く理解できなく、バージルはその関連の本になると何も語らなかった。
 すべてバージルに尋ねるのはよくないと名無しも聞かなかった。
 
 
 会話もだんだん何気ない日常の話が多くなる。
 前日から話す内容を考えていたのが嘘のようだとここでも喜んだ。他人から顔見知りへと移り変わっていくのが嬉しかったのだ。
 出かける回数も多くなる。隣に並ぶ回数だって必然と多くなる。
 会話をする回数も。その内容もどんどんバージルという人間に深く入り込んだものとなった。
 表情も無表情から不機嫌な顔に、そして稀にだが穏やかな表情を見せるようになった。
 
「なにがそんなに嬉しい」
 ニコニコと笑っていた名無しを見かねたバージルが問うた。
「最近のバージルさんは無表情じゃないな、って思っていたんです」
「そんなに弛んだ顔をした覚えはない」
「あ、いいえ。そうじゃなくてですね。今では不機嫌な顔つきの方が多いなって」
「……悪かったな」
「あ、いえ、そんな意味じゃないんです! それに私は嬉しいんです!」
「……嬉しいだと?」
 顔をしかめるバージルに名無しは笑った。
 
「“愛情の反対は無関心である”っていう言葉があるじゃないですか?」
「よく知っているな」
「最近読んだ名言集に載っていましたから」
「ああ、あれか」
「それに先生の教えもいいですし」
「当たり前だ」
 
 笑いながら名無しが言うと満足気にバージルも小さく笑んだ。
 その横顔を眺めながら名無しが続ける。
 
「だから無表情じゃないぶん無関心ではないから、嫌われてはいないんだなって思ったんです」
 予想もしなかったことを言われたのだろうか驚いたようにバージルは目を開かせた。すぐに我に返ったのか視線を逸らされる。
 
「………ふん」
 
 恥ずかしげに顔を背けるバージルに名無しは思わず噴き出した。ギロリと睨まれたが全く怖くなかった。
 
 
「そういえばさっきダンテさんと女の人を見かけました」
「女? ……ああ、指輪の持ち主だった女か」
「はい。といっても口論というか、その、一方的に何かを言われてたみたいですが……」
 名無しはその光景を思い出し苦笑いをした。
 ダンテの気持ちを知っているだけにあの状況はきついものがあった。無邪気な笑顔で早歩きをする女性を追いかけていた。それでも歩幅にかなりの違いがあるらしく全く普通そうに後を着いて歩いていた。
 そこまで近くには居なかったので何を話していたのか聞こえなかったのだが、しつこかったのか女性は怒ってそれなりの声の大きさで何かを言っていた。
 それでもダンテはにこやかに笑っていた。よほど彼女が好きなのか、名無しが見たこともないような幸せな顔つきで笑っていたし、なにより態度が一心にその女性への好意を表していた。
 あのダンテを見てしまえば赤い糸から作られた感情だとは到底思えない。
 名無しはホッとしながらそう考えていた。自分の感情だって作られたものだとは思わないが、確証があればいいに決まっている。
 
 
「赤い糸か。くだらない」
 
「……え?」
 
 バージルの言葉で名無しは思考を止めた。
 おそるおそるバージルに顔を向ければ何の感情も写していない無表情な顔が見える。
 
「俺はそんな不確かなものを信じていない。それにあそこまで急に態度が変わるのはおかしい。何かの呪術かもしれん」
 
「そんなこと、」
 
 ない。そう言い切ろうとして名無しは息を呑んだ。
 呪術。呪術と言ったのか。バージルが好んで読む本の中にその類もあった。もしかしたら赤い糸について、もしくは指輪について調べているのかもしれない。
 その時から赤い糸を疑っていたのか。それでも
 ダンテは本気だと言った。それに女性に向き合う姿勢も嘘偽りではなかった。
 
「そんなことないです」
「何?」
「不確かな存在かもしれない。そうだけれど呪いとかそんなものじゃないです」
「なぜそう思う」
「ダンテさんを見ていたら分かります。あれは偽物だとか作られたものじゃない」
「…………」
「本物です」
「だとしたら憐れだな。滑稽だ」
「…っ!」
 
 滑稽? 憐れ?
 まさかそんな風に思っていたのだろうか。今までずっと。
 
「滑稽なんかじゃない! 憐れなんてそんな……!」
「違うというのなら他になんだという。急に与えられた感情に縋り、まるで本物のように扱う。これが憐れではないのならなんだ」
「違います! 与えられてなんかいません!」
「なにをそんなに必死に弁解しようとする。ダンテの話しだ。名無しではない」
 必死に言い募ろうとする名無しを訝しんだのか怪訝な顔で問いかける。
「名無しの感情とアイツの感情は違う。そうだろう」
 
 それは違うとは言わせないような口調だった。バージルの言葉が幾重にも意味を含んで名無しには聞こえた。
 そこで名無しにはその含みを理解した。この想いがそんな理由には作用されずに純粋な意味を孕んでいるからこそバージルはその感情に甘んじているのだ。そう信じているから、疑ってすらいないからこうやって甘んじていてくれているのだ。
 その思考に達した時、目の前が真っ白になった。
 もし、名無しが告白したあの時に赤い糸のようなものを見たと言ったらどうなるのだろうか。本当は全くバージルに好意を抱いていなかったと言ったら、ダンテの話からバージルが指輪を嵌めたその後すぐに恋慕の想いが爆ぜたのだと気づいたと言ったら。
 
 憐れな奴だと嘲笑われるのだろうか。
 
 今にも泣きだしそうに悲痛な表情をした名無しに、さすがにおかしいと思ったのかバージルが口を閉じる。
「まさか嵌めたのか?」
「………」
「指輪を嵌めたのか?」
 強くなるバージルの口調に名無しは口を開いた。開くしかなかった。
「違います」
「……、」
 
 考える仕草をした一拍後、バージルの瞳に理解の光が灯る。
 
「まさか」
 
 気づいた。 名無しはその一言ですべてを悟った。もうバージルはほとんど理解しているに違いない。名無しが告白した日にち、名前も知らなかったことやあの時の不可解な行動を、全部を一つに繋げ理解したはずだ。
 バージルの側にいて内面を知っていればわかるだろう。彼は理知的なのだ。
 
 涙で薄く霞んだ視界に憎しげに表情を変えたバージルが見えた。




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