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愛されてるなって感じる瞬間



 ダンテがバージルと死闘を繰り広げた後日。名無しとバージルの関係は前よりも良くなった。
 名無しはよく笑うようになったし、バージルの方は名無しに対して自然に接するようになった。
 それはまぁいい。そうダンテは心の中で呟くのだが、

「腑に落ちねぇ」
「え?」
 思わず口からついて出た。
 するとそれまでほのぼのとソファで本を読んでいた名無しは目を瞬かせた。
 キョトンとしながらダンテへ顔を向ける。ちなみにバージルはこの場には居ない。

「だって俺、斬られたんだぜ。追い打ちに腹まで蹴られたし」
「あ、あの。ごめんね」
 申し訳なさそうに謝る名無しにダンテの心が痛むが、それとこれとは別だ。床に倒れているダンテを2人は放っておいたままいい雰囲気を出してあっさり仲直りしたどころか、バージルに腹まで蹴られたのだ。腹まで蹴られたのだ。
 ようはバージルの蹴りが堪えたらしい。
 嫉妬に目が濁ったバージルの蹴りは痛かった。ギリギリの所で意識を保っていたダンテがあまりの蹴りの鋭さに呻き声さえあげられなかったほどだ。
 それでも意識を保っていられたのは強靭な悪魔の肉体を持っていたからなのだが。

「だからさ交換しようぜ」
「え?」

 何がどうなってその話題になったのだろうか。全く理解出来ずに名無しは目を白黒させた。

「名無しにも俺がどんだけ大変だったか」
「え?」
「体験してもらうぜ」
「……え?」

 どうやって? 名無しがそう問いかける前にダンテが何かを取り出した。
 それは紫色のギターだった。
 ギターを何に使うのか、今までの会話とどう関係するのか検討もつかず、名無しは更に困惑した。

「ネヴァン」
 ダンテがギターに話しかけるように名前らしきものを声に出す。
 ギターの名前だろうかとその様子を眺めていた名無しだったが、次の瞬間には驚く事になった。
 何とダンテの手にあったギターが消えたかわりに女性が現れたのだ。
 ぽかんと呆気にとられている名無しにその女性は優雅な身のこなしで手を取ると唇を開く。

「こんにちは。お嬢ちゃん」
 容姿だけではなく声まで妖艶だ。名無しはお嬢ちゃんと呼ばれる年齢ではないのだが、この女性と比べればそう呼ばれてもおかしくないような気がした。

「こ、んにちは」
 驚きのあまりかすれた声を出す名無しにネヴァンは微笑みながら今まで取っていた手を離すと、するりと名無しの頬を撫でる。
「かわいい子ね。今すぐ食べてしまいたいくらい」
 ギラリと眼光が鋭くなるのと同時に、形いい唇からチラリと歯が覗いた。
 その時、

「ストップ」
 ダンテがネヴァンに制止を掛ける。制止を掛ける事を予想していたのかネヴァンはあっさりと名無しから体を離した。
 名無しはというとネヴァンの行動に頭がついていかないようで目を瞬かせていだけだった。ぽかんとしている間にも2人の話が続いていき、名無しが理解しないまま終わってしまった。
「じゃあ始めようぜ」
「え? 何を?」
「大丈夫よ。痛くないから」
「え? え?」
 あれよこれよと話が進んでいき、そして──



「えええええええ!?」
「あんまり大きい声出すなよな」
 響くだろ。と続けたのは名無しだった。ダンテの声がうるさかったのか顔をしかめ、やれやれと肩を竦める。
「だ、だだだだだだって」
「どもるなよ。スタイリッシュじゃねぇな」
 名無しが言いながら顔を挙げこちらを見てくる。そう見てくるのだ。
「な、なんで私が目の前にいるの!?」
 耐えきれずダンテが叫んだ。
 その問いにいやに落ち着き払った名無しが答える。入れ替わったのだ、と。
 
 
「つまり私とダンテの中身が入れ替わったって事?」
「まぁ、そういうこと」
 ダンテと名無しが向かい合わせになってソファに座る。名無しの体になったダンテが悠々と脚を組んだ。何気なく様になっていると眺めている名無しは思ったのだが口には出さなかった。
 いつの間にかネヴァンは消えていて、ダンテは気にも留めていないようだった。
「なかなかない体験なんだし楽しんでみろよ。いい刺激だろ」
 ニヤリと口角を上げる。
「うわ。その顔いや。なんかいやらしい」
「艶やかな表情って言えよ」
「自分のそんな顔見たくなかったんですー」
「バージルにやってみろよ。こうやって誘ってみたらアイツ喜ぶんじゃねぇの?」
 実際にバージルに今みたいな表情で垂れかかっている様子を想像して思わず名無し(ダンテの体)は頬を染めた。
 その途端、ダンテが顔をしかめる。
「その顔イヤだ。キモイ」
「き、きもい!?」
「そんな乙女チックに赤くなる自分なんて見たくないだろ」
「わ、私だって女の顔をしている自分なんて見たくないよ!」


 しばらく騒いで疲れたのか、無言のまま座る。名無しはぼんやりとした後、鞄から手鏡を取り出す。そして写してみた。
 やはりダンテの顔が写っていた。ペタペタと頬を触り次に笑ってみせる。
「何やってんだ?」
「ほら、私ってダンテの笑顔が好きだし今のうちに見ておこうと思って」
「ふーん」
「うわ、歯並び綺麗。真っ白だし虫歯もないし」
「……」
「髪の毛もサラサラだし。銀色が凄く似合う」
「……」
「青い目もきれい」
「なんか恥ずかしいから止めろよ! ってかそういうのはバージルに言ってやれって! 双子なんだから同じだろ!」
「バージルにはバージルの良さがあるの。目だってダンテよりも深い青な感じがするし、髪の質感もちょっと硬いし、それに」
「だー! 本人に言え! のろけるな!」
 しばらく名無しが鏡を見つめながら会話を続けていると、今まで呆れ顔をしていたダンテが急に目を鋭くさせするりと隣に座り垂れかかってくる。
 急にどうしたのかと不思議に思っているとニヤリとダンテは笑った。見た目は名無しのはずなのに、ゾクゾクするほど艶やかでそれでいて残酷な笑みでまるで別人のようだ。中身が変わるだけでこうも雰囲気が変わるのかと内心名無しが感心していると、ギィと鈍い音を立てて玄関の扉が開いた。
 名無しが玄関を見るとバージルが立っていた。どうやら帰ってきたようだ。
 立ち上がりおかえりと声を出そうとすると、ぐいと腕を引かれそれは出来なかった。横にはやはりダンテが座っており、今度は腕を組まれていた。
 それを見ていたバージルの眉間にしわが寄る。
 それはそうだろう。自分の恋人が弟に寄りかかっていればいい気持ちではないだろうし、元々は自分ではなく弟の方に恋慕をしていたのだ。眉間にしわが出来ても仕方ない事だろう。

 そうこうしているうちにバージルから剣呑な雰囲気が発せられる。いまだに玄関先に立ったままのバージルを放りダンテが口を開いた。
「だんて」
 それはやはり艶やかな声だった。やや舌足らずで甘えているような声色だ。
 その瞬間まるで爆発したかのような殺気を向けられる。名無しが冷や汗をかきながらバージルに視線を向けると、やはりというか凄い形相で睨まれていた。
(えええええええぇぇ!?)
 名無しは思わず心の中で叫ぶ。
(なんで私が睨まれるの!? 怒らせるような行動をとったのはダンテじゃない! 睨むなら私の体に入っている方のダンテを睨むべきでしょう!)
 困りながらも腑に落ちなさでいっぱいの名無しは次の瞬間見てしまった。
 してやったりとほくそ笑むダンテの姿を。自分の顔だとは到底考えられないような悪い笑みをたたえたダンテを。バージルには見えないように笑っているあたりそうとうな策略家である。
(謀られたーー!)
 ようやくダンテの思惑を知り名無しは悔しくなるが今はそれどころではない。今にも悪魔と化しそうなバージルがいるのだ。あぁ、そういえば二人とも悪魔だったっけ、とどうでもいい事を考える。
 コツリとバージルが一歩踏み出したその時、名無しが死を覚悟したその時、今まで楽しそうに笑っていたダンテが動き出した。
 ここで初めてバージルの方を振り返り何事もなかったかのように小走りで走り寄る。
「おかえりなさい」
 さっきまでの邪悪な微笑みではなく、純粋な笑顔だった。
「あぁ」
 今まで膨れ上がっていた怒気がしゅるしゅると萎んでいくのが名無しには見えた。
(え?)
「どうしたの? もしかして怒ってる?」
「……別に」
(え?)
 名無しには目の前で繰り広げられている出来事(茶番である)が信じられなかった。
 今までおもいっきり怒っていたくせに、ダンテ(名無しの体)の笑顔であっさりと懐柔されるのだ。しかもその様子(茶番)を眺めている名無しは置いてきぼりである。
 
 
 
 
 
(笑顔一つで懐柔って……、もしかして私って愛されてる?)
 とりあえず今の状況についていけないので現実逃避をすることにした。
 笑顔一つって、笑顔一つってお前……。
(それからダンテ! あまりバージルとイチャイチャしないで! 羨ましいから、そのポジションは私のだから、バージルは私のだからっ!)


fin

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