バージルが恋をしたらしい。らしいというのは確定ではなく、バージル本人に尋ねても軽く流されてしまうからだ。
それでも大体目星はついていて遠くからだが顔も見ている。
ってか、あんだけマジマジ見てればどんな馬鹿だって気づくだろうが。まあ、俺は馬鹿じゃあないけどな、とダンテは付け加えた。
確かにその女は可愛い顔付きをしていると思う。だが、バージルが想いを寄せている女に手を出すつもりはない。
大体、手を出せばバージルに何されるか分かったものではないし、バージルがそういう目でその女を見ているというだけでダンテには「有り得ない」のだ。
それはたまたまブラブラと街に出かけた時に、ナンパ男から名無しを助けた後も変わらない。というよりも絡まれている女が名無しだと気づいていたから、距離がそれなりにあってもわざわざ助けに行ったのだ。
できるだけ印象を良くしようと悪意のない笑みを浮かべた。その甲斐あって名無しの名前も知る事ができた。バージルは名無しの名前を知っているのだろうか。もし知らなかった場合は教えたらどんな反応をするのだろうかと、この時点でダンテは楽しみで仕方がなかった。
実際、バージルは名無しの名前を知らなかった。教えてやった時のバージルの反応が忘れられない。一文字一文字を噛み締めるように、名無しの名前を呟くバージルにようやく本気なのだと気づかされ応援しようと思った。
「何か困った事があったらここに来いよ」
デビルメイクライを教えたのも、もしかしたら名無しがやって来るかもしれないからと打算を含んだものだった。もし本当にデビルメイクライに来たら、それこそ棚からぼた餅だしバージルとの接点もできるだろう、と。
だから、バージルが名無しを恋人だと紹介しに来た時には、本当に嬉しかった。
なんとなく自分の功績でそういう関係になったような気がして自然とバージルを祝福できた。
まぁ、最終的には名無しの人違いだった訳だが。
「ね、知ってた? 私ねダンテと間違えてバージルに告白しちゃったんだよ」
「……ゴホッ!」
それまで悠々とデスクに足を乗っける形で座っていたダンテが、今まで飲んでいた牛乳を噴出した。
名無しとバージルが付き合い始めてから半年は経ち、最初はよそよそしい反応だった名無しがようやく敬語も使わなくなってきた頃に爆弾発言が落ちた。
ゲホゲホと咳きこみ驚いたようにダンテが名無しを見る。
「はあ? 今まで付き合っておいて何言ってるんだよ!?」
「断るに断れなかったんだよ。だってバージル怖かったし。睨むし」
「ああ」
当初、よくデビルメイクライのソファで小さくなっていた名無しを思い出してダンテは納得したように頷いた。正面に座るバージルの本を捲る動作にすらビクビクと怯え、ダンテに助けを求めるように名無しがチラチラと視線を送ってきたのは記憶に新しい。
その度に初々しいな、と笑って手を振ってやった。
「毎日ここに来てただろっ!?」
「それはバージルが毎日迎えに来たからだよ」
「毎日?」
「毎日! 睨まれてビクビクしながら送り迎えされてたんだから」
なんとなく想像ができてダンテは笑えた。
「優しい笑顔が好きで告白したつもりだったのに、毎日睨まれてどうしてこうなっちゃたんだろう、って思っていたんだから」
「お、おい」
「それに覚えてる? ダンテが私にバージルと結婚したら義理の姉だなって笑いながら言ったでしょ。私はダンテの姉じゃなくて恋人になりたいんだー、って泣いてたんだから」
「ちょ、おい!」
「なに?」
「その話、バージルには言ってないよな? もしそんな話がバージルに聞かれたら、俺串刺しどころじゃねえよ!」
今度は腹をブッ刺されるどころか、首を刎ねられちまう。ただでさえ過去に2回も遠慮なしに刺されたのだ。アイツならやる。
ダンテは思わず真っ青になりながら、名無しを諌めようと声を荒げた。
「大丈夫だよ。聞かれたとしても今は、」
そこまで名無しが言ったとき、大きな音を立ててデビルメイクライの扉が吹っ飛んだ。ぞわぞわと身震いするほど冷たい雰囲気が名無しとダンテを襲う。
「今は、……」
名無しは台詞の続きを言う事ができなかった。すでに青かったダンテの顔色が更に悪くなる。名無しは後ろに何があるのか、いや何が居るのか分かっていながら、ごくりと喉をならしゆっくりと振り返った。
「い、今は……、」
そこには無表情のバージルが立っていた。
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