いきなりだがダンテは女の扱いになれていると思う。これは名無しがずっと思っていた事だ。あれだけ容姿が整っていれば女の方が放っておかないだろうとは思っていたが、実際に考えていた通りだったので名無しは納得もしたが不満もあった。
不満と言うよりは不安と言った方が正しいのかもしれないが。
「やっぱり経験豊富なオネエサマの方がいいのかなぁ」
チラリとデスクの上に積み上げられたままの雑誌に目を向ける。
豊満な胸を両腕で寄せた美人が表紙を飾り、中身なぞ見なくてもそういう本だという事が分かる。きっと表紙を1ページでも捲ればもっと過激なポーズをした女達が写っているのだろう。
そこで名無しは顔を下に向け自分の体を眺めてみる。あるかどうか微妙な胸にまぁまぁ普通な長さの脚。顔だって多分普通だ。多分。自分の目線で見ているので、基準が一般だとは言えないが、まぁ見れなくはないと自信を持って言える。それでもその程度なのかと軽く落ち込みながら、今はそんな話はしてないと名無しは首を横に振った。
そうだ今は百戦錬磨なオネエサマの話だ!
やっぱり男は色気があってスタイルがいい方が好みに決まっている。
ダンテはあっちもこっちも百戦錬磨なのだからそうに違いないだろう。……いかがわしい本だって読んでいるのだし。
だとしたら、どうだったら良いのだろうか。どんな女だったらダンテの好みに当てはまるのだろうか。例え自分が恋人の座に収まっていてもそれは重要である。
眉間にシワを寄せてウンウンと唸っていると、ある考えが浮かんできた。
百戦錬磨なオネエサマといえば。
「ラブプラネット?」
行った事はないが店の名前が浮かんだ。やはりそういう店で働いていれば、色気だって出てくると思うし、男の扱いにだって長けているだろう。
「だとしても、今更だよね」
今更百戦錬磨になるために修行に出たってダンテの態度が変わるとは思えないし、何よりも止めて欲しい。
他の男なんか相手にするなと少しでいいから独占欲を出して欲しいとか思うのは我が儘なのだろうか。
一層こんがらがってきた思考のせいで眉間にますますシワを寄せていると、二階から階段を降りてくるダンテの足音が聞こえてきた。
ようやく起きたのかと、溜め息を吐きながら挨拶をするとダンテが機嫌良さそうに近寄ってくる。
「何か考え事か?」
「うん、まぁ」
ダンテの問い掛けに止まっていた思考が動き始め、短く答えて先ほどの考え事を続行させる。
今更、修行に出ても遅いならどうしたらいいのだろう。だったらいっそ、出会う前に百戦錬磨だったら良かったのだろうか。
そこまで考えて、思考をピタリと止める。
その手があったのか!
いや、まぁ、相変わらず「今更」だがそんな出会いだったら今とは違った関係になったかもしれない。
先ほどと変わらず機嫌が良いダンテが、名無しを腕に収め首筋に口づける。
髪をサラサラと感触を確かめるようにダンテが指で梳う。
一層、腰に回った腕に力が入り2人の体が密着した所で名無しが口を開いた。
「あのね、ダンテ。私が百戦錬磨だったらどうする?」
「……なんのだよ」
「あー、ホラ、私がラブプラネットとかで働いていたらって話」
話の脈絡が掴めず返答に困っていたダンテに名無しが告げると、今まで機嫌良さそうに首筋に顔を埋めていたダンテが顔を上げた。
「働いてるのか?」
急に鋭くなった視線と声色に名無しの肩が跳ねる。何かを勘違いしたらしいダンテが名無しを鋭い視線で射抜いた。いつものような柔らかみがあるアイスブルーではなく、冷たく暗い瞳の色だった。
「働いてるのか?」
地を這うような低い声で返事を促された名無しが焦ったように言葉を紡ぐ。
「違うよ! そうじゃなくて、働いていたらって話だって」
「……働いていたのか?」
心なしか一層、目つきが鋭くなったように見える。
「違う、違うの。そういう意味じゃなくて」
名無しは「もしも」というあくまでも仮定での話で、働いていたらと告げたつもりが、主語も述語も飛ばしたせいでダンテには伝わらない。
誤解を解くつもりが、新たな誤解を生んだようである。
「俺がそんな事を許すと思ってんのか」
疑問系であるはずなのに語尾には疑問符は付いていない。ギリギリと肩を掴まれ、許すはずがないだろうと行動で示される。
「だ、だだだだって私たちが出会っていない時の話だし」
「……なんだと」
わあああああああぁぁ!!
違う! 説明が下手で全然フォローになってない!
なに、余計な誤解を作ってんのよ!
己の失言に顔を青ざめる名無しにダンテはすうっと目を細めた。
「ご、めんなさい」
今まで見たことが無かったダンテの表情に名無しが恐る恐る謝る。
「何で謝るんだ」
苛立ったように目尻をピクリと吊り上げダンテが舌打ちをする。
そんなダンテに怯えたように名無しが肩を震わせる。まさかここまで本気にすると思わなかった。こんなに怒ってくれると思わなかった。
こんな事なら馬鹿な真似はしないで普通にしていれば良かったのに。そうは思っても後の祭りだ。
黙ったままの名無しにダンテがますます苛立ちを見せる。
「ごめんなさい」
今度は返事を返さなかった。ただ口を噤んだまま名無しからわずかたりとも視線を逸らさない。
「ごめんなさい」
もはや許しを請う事しか出来ない名無しにダンテが溜め息を吐きながら顔を反らす。その表情には色々な感情が渦巻いているようにも見えた。
「もういい」
ダンテはそれだけ言うと、スルリと名無しの肩に置かれていた手を離す。
離れていく手がまるでダンテの心のようで名無しは泣きたくなった。このまま終わってしまいそうだ。この話題もダンテとの関係も。
一度離れてしまったらもう二度と触れられなくなりそうで、名無しはダンテの腕に手を伸ばす。
両手でダンテの腕を掴み、離れていかないようにと強く力を入れた。
「ちがうの。ただ、ただ……、」
思うように言葉にならない。もう言いたい言葉は決まっているのに、その言葉を口にすればダンテに嫌われてしまいそうで怖かった。
呆れられるのか馬鹿な女だと蔑まれるのか、どちらにせよ怖かった。
それでもこのまま離れていくよりは、と重い口を開き勢いよく言葉を出した。
「嘘なの!」
「……はぁ?」
「あ、いや、だから、もしそうだったら私たちどうなっていたのかなって疑問に思っただけで、別にそういうわけでは」
何を言っているのか分からないと瞳を瞬かせるダンテに名無しはこっそり可愛いと思った事は内緒である。
「だから、その……。嘘をついてごめんなさい」
やはり嫌われてしまったのかと恐る恐るダンテを見上げれば、形容し難い表情のダンテが見えた。
バチリと瞳が合った瞬間、ダンテが未だ掴んだままの名無しの手を引っ張り、抱き寄せる。
「 」
耳元で呟かれたダンテの一言に名無しは目を見開かせる。 その瞳には先ほどのような絶望は浮かんでいない。代わりに胸の奥から何かが込み上げ視界が揺らぐ。
そして潤んだ瞳を閉じれば、名無しの頬に涙が一筋流れた。
fin
ダンテが何て言ったか気になる方は反転させてこちらをどうぞ→「殺してやる」
あまりおすすめは出来ません。
ハッピーエンドだと思う方は見ないで下さい。
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