「すぐに帰ってくる」
そう言ってダンテが出掛けてからもう2ヶ月になる。合い言葉付きの仕事に出掛けるダンテを見送る度に、名無しは不安に駆られていた。
もう帰ってこないかもしれない。もう会うことも言葉を交わすことも、抱き合うことも出来ないかもしれない。そう思うととてつもなく恐ろしくて、いつだってダンテを引き留めたかった。
それでも自分の気持ちを押し殺し彼を見送ったのは一回や二回ではない。
今回の依頼はいつもとは違うらしく珍しくダンテの顔付きが真剣だったのを覚えている。
ダンテを失うのが怖くて引き留めようとした名無しをダンテが宥め、行かなくてはならないと伝えられにダンテの覚悟と、依頼された悪魔は彼と何らかの関係があるのかもしれないと思った。
「うん。待ってる」
その読みは当たっていたらしく、しぶしぶ頷いた名無しにダンテは安心したように微笑んだ。
だから彼の邪魔にならないように重荷にはならないようにと、必死で笑顔を作って見送った。
しかし何時まで待ってもダンテに帰ってこない。
軽く口付けをして、いつものように他愛ない会話をして見送った自分を責めた。
どうして止めなかったのだろう。行かないでとあの時に縋ればこんな思いはしなかったのに。
途方もない焦燥感に駆られた。
探しに行きたくても自分にはその力はない。あれほど強い人がここまで手こずっている悪魔なのだ。自分など羽虫を潰すより簡単に踏みつぶされてしまうだろう。
ダンテの邪魔にはなりたくない。
闘いにまで重荷にはなりたくない。
ぐっと唇を噛み締めて、緩みそうになる涙腺を引き締める。そして待つこと2ヶ月だ。
「今日は帰ってくるかな」
気持ちを明るくして買い物から店に帰ってくると店の中から人の気配を感じた。
帰ってきたのかもしれないと逸る気持ちを抑えて扉を開ければ、見知らぬ男性が立っていた。振り向いた男の顔は端正で長身だった。ただ着ている物が奇妙なのだが。
立っていた人物が待ち人の姿ではない事に名無しはあからさまに落胆し、失礼だと慌てて首を振り何事もなかったかのように声を掛ける。
「あの……、依頼でしたら今店主が不在ですのでまた日を改めて」
「お前が名無しか」
名無しの言葉を遮り男が尋ねる。尋ねているはずなのに、疑問符はなくそうだと決め付けているようだった。
「あの……?」
「あの程度の力で勝とうなどと愚かだ」
「……え?」
「あの男は死んだ」
何を言っているのか一瞬理解できなかった。ようやく言葉を噛み砕き理解すると、足が震え体が倒れそうになる。
男の言葉に目を見開いて、倒れ込みそうになった体を踏ん張り支えるのが精一杯だった。
「うそ」
「偽りではない。あの男は」
「ダンテは殺した」
いよいよ頭が真っ白になる。
体の力が抜けてその場に座り込む。
「次はお前だ」
そう言って男は笑う。端正な顔が愉快そうに歪み名無しに言い知れぬ恐ろしさを感じさせた。
「あなたが……?」
震える声でやっと言葉を絞り出すが、男は名無しの質問に答えない。
ただ名無しの表情に痛快そうに笑むだけ。その笑みの中に一瞬悪魔を見た。座り込んだまま視線を下げると男には影がなく、映るはずの床には何も映らない。
目の前の男は悪魔なのだと気付くのに時間はかからなかった。
そして今回の依頼の元凶であるとも。
ダンテ
この悪魔がこうして存在しているのだから言うとおりダンテは負けたのだろう。
「死ね」
悪魔が手を振り上げる。その手には何も持っていなかったが直感で死ぬんだと理解できた。
恐怖からかダンテが死んでしまった事へかは分からないが涙が溢れる。溢れた涙が一筋頬を流れた時、悪魔の手が振り下ろされた。まるで死神の鎌を振り下ろされたかのようだった。
「……――ダンテ」
か細い声が漏れ、それだけが言葉となった。
「――ッ」
二度目は声にならなかった。その前に刈り取られたからである。
fin
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