「今日こそは告白するんだ」
名無しはちょうどその男の視界には入らない所、いわゆる死角である建物の影から意中の男を見つめていた。
銀髪にアイスブルーの整った顔立ち。つい最近まで名前さえ分からなかったその男が名無しの初恋だった。
買い物中に性質の悪いナンパ男に声を掛けられ、何度断っても掴んだ腕を離してくれず名無しは泣きそうだった。助けを求めようと辺りを見回すが、そそくさと見て見ぬふりをして立ち去ってしまう。痺れを切らしたナンパ男の名無しの腕を握る力が一層強くなり痛みで顔を歪めた時だった。
あの男が助けてくれたのだ。いきなりの事であっけにとられている名無しをよそに助けに来てくれた銀髪の男が一睨みで、あれだけしつこかったナンパ男を追い払ってくれた。
それだけで名無しにとってその男は特別なのに、その後がまずかったらしい。
助けてくれた事へのお礼に返事を返すその男の、屈託のない無邪気な笑顔が名無しの鼓動を速くさせた。
何か困ったことがあればここに来いよ、と去り際に店らしき名前を名無しに教えてくれる。 「デビルメイクライ」と。
それからデビルメイクライという店の名前を頼りに、初恋の男性を捜す旅が始まった訳だが、その男はけっこう有名らしくあっさりと見つかった。
「バージルさん」
名前を言葉にして口から出せば胸が高鳴るのが分かる。顔が熱い。たぶん真っ赤になっているはずだと名無しは思う。
声を掛けたらバージルは自分を覚えていてくれてるのだろうか。
もう一度しっかりとお礼を言いたい。もう一度笑って欲しい。また無邪気な笑顔が、柔らかく細められるアイスブルーが見たい。
名無しはチラリとバージルに視線を送る。あの時は赤いコートを着ていたが、青いコートも似合っていると思う。
そして名無しはバージルに向かって歩き出した。高鳴る心臓を抑えて。
「バージルさん。好きです」 返事は返ってこなかった。やはり初対面にも近い状態での告白なぞ無謀だったのだろうか。
急降下するテンションにより泣きそうになったが、そこはぐっと堪える。
今まで少し下げていた視線を、上にあげバージルの表情を窺う。のだが、
あれ? だれ? 透き通るような銀髪にアイスブルー。あの時と何も変わらない。しかし、違う。
彼はこんなに難しそうな顔つきではなかったし、纏う雰囲気もこれほど厳格な物ではなかった。
正直、今の彼はあの無邪気な笑顔はしそうに思えなかった。
何が、一体何が起こっているのだろう。まさか人違いだったのだろうか。
だがこれほど彼と瓜二つなぞ兄弟ですら難しい。
名無しは噛み締めるように、さして確かめるように呟いた。
「ば、バージルさん?」
その瞬間、バージルの目が見開かれた。今まで何か有り得ないものを見るように、細められていた瞳が驚きの色を写す。
名無しに告白の返事を促されたのだと勘違いしたバージルが、次に困惑した。
その小さな表情の変化を敏感に感じとった名無しが、慌てて口を開いた。
「あの、バージルさんですよね?」
「あぁ」
人違いではなかった。名無しはホッと胸を撫で下ろす。それでも何かが変だ。
彼と同じ所を探そうと思えば思うほど、違う気がするのだ。彼はこの人ではないと名無しの中の何かが告げる。
だが、彼とは違う気がするからという訳の分からない理由で「やっぱりナシにして下さい」とは言えない。
名無しは何かを考えるように俯く。その時だった。
「いいだろう」
「……何がですか?」
今まで違う事を考えていたせいで、バージルが何を言ってるのか分からなかった。いや何の話をしていたのか忘れていた。
「いい、って。……え? え?」
まさかのOKだった。
ぽかんとする名無しにバージルは気にした様子もなく歩き出す。するりと手を握られ名無しは後を着いていくしかなかった。
連れて来られた先はデビルメイクライで、ピンクのネオンで書かれている店名に名無しはやはりホッとした。
間違いではなかったようで、きっとバージルは今日はいきなりの告白で驚いていたのだ。だから、難しそうな顔つきだったのだ。
そう思い込もうとした名無しは店に入って驚く事になる。
「彼」が目の前に居るのだ。あの時と同じ赤いコートに、読んでいる雑誌が面白いのか細められる瞳はあの時と同じだ。
驚いてバージルと「彼」を見比べていると、ようやく雑誌から視線をこちらに変えたダンテが「おっ」と楽しそうに近付いてくる。
「久しぶりだな。もう変なヤツには声掛けられてねぇか?」
「あなたは、」
「ダンテだ。バージルとは双子だ」
「……え゛」
双子? ……ふたごっ!?
愕然とする名無しをバージルはチラリと見て、視線を逸らす。
そして名無しの肩を自分に引き寄せる。
「名無しだ。俺の恋人になった」
「お、やったじゃん。バージル」
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