目が覚めると酷く頭が痛んだ。がんがんと頭の内側から鈍器で殴られてるかのような痛みに顔をしかめながら、右手で痛む頭を抑えた。
この痛みには今まで何度か覚えがある。羽目を外して遊んでしまった次の朝に、しこたま酒を飲んだ時に起こるあの現象だ。いわゆる二日酔いである。
昨日は知り合いであるレディに誘われて、近くのバーに飲みに行った。店に着くとレディの知り合いの男が居て。
見慣れない顔だな。名前はなんだ?と名無しに興味深々に色々と尋ねてくる男と話している内に仲良くなり最後には一緒に飲む事になった。
途中で知り合った男――ダンテの連れが合流し4人になる。その男はダンテにそっくりで驚いていると、笑いながら教えてくれた。
バージルは双子の兄貴なのだと。
あぁ、だからそっくりなんだと簡単に納得し飲み続ける。
お酒に強いレディですら酔っ払い、ダンテも悪酔いしたのか2人で肩をバンバン叩き合いながら笑っていたのを、私とバージルは苦笑しながら宥めた。
「愚弟がすまんな」
「いいえ。こちらこそレディが騒いでしまって」
いつもはこんなに酔わないんですけど、とレディの風評を下げないように笑えば、バージルは気にするなと淡々と飲み続けた。
大人の対応だった。ダンテも素敵な男性だが、今の私には大人な対応で場を取り持ってくれるバージルが何倍も素敵に見えた。
「またどこかで出会わないかな」
ぼへー、と心在らずな状態で名無しは呟く。本当に素敵だったのだ。
次に会う機会があるなら、この間はすいませんでした、でも楽しかったですと挨拶をし、あわよくばもっと親密になりたい。
ちょっと大胆なんじゃないの?とも思ったが、あの位の良い男だったらライバルも多いだろうから丁度いいのかもしれない。
ふわぁ、と欠伸をして名無しはベッドから体を起こした。今日の予定は何だっけ? というよりどうやって帰ってきたんだ? 全然記憶がないんですけど……、何で体中が痛いの……?
ってかここどこ?
体を起こすと名無しの目には知らない部屋が映った。一瞬で覚醒し自分の状況を確かめようと周りを見回す。
大事な事その1、真っ裸(まっぱ)だった。
大事な事その2、隣に誰かが寝ている。
シーツを頭まで被っている「誰か」に名無しは顔を引きつらせる。
シーツを捲ったらレディが寝ているとかじゃないかな? いやいやレディでも困るんだけど! 女の子どうしてホニャララなんてあり得なさすぎる!
かといって見知らぬ男でも困る。ついさっき新しく芽生えた恋を成就させようと誓ったばかりなのに、何だかよく分からない間に他の男に手を出していたなんて。
というかこの未だにのんきに寝ている男も男だ。
酔っ払って記憶がない女をホテルに連れ込んで事を起こすなんて最悪だ。
誰だよ、この最悪な男は!
自分が記憶が飛ぶまで飲んだ事への落ち度には触れず、怒り心頭の名無しは勢いよくシーツを捲った。
あ、バージルだ。
てん、てん、てん、間。
いきなり現れたバージルの顔に、寝ていても格好いいなと名無しは惚気、次に首を横に振る。
最低な男はバージルだった!
いや、まぁ、それはいい。バージルだったら最低な男でもバッチコーイだし、……っていや全然よくないけど!
確かにほんの少し前まであわよくば親密になりたいとは言ったが、親密になりすぎだ。
ここに至るまでの過程を一段も二段も、十段くらい吹っ飛ばしてしまった。
これはあまり頂けない。バージルに軽い女だと思われたら最悪だ。恋人になりたいのに、それ目的の女に成り下がるなんて有り得ない。
あ、私の恋は終わったな……。
名無しはポツリと呟きながら遠くを見つめて現実逃避をし始めた。
早く服を着ろよ、とかそういった問題は全部無視してため息を吐いた。
現実逃避を何回かして何度目かのため息を吐いた時、
「いつまでやるつもりだ」
隣からバージルが声を掛けてきた。おそらくいつまでも同じ行動をする名無しに痺れをきたし、声を掛けたのだろう。
とりあえず、
「勘違いしないでね」
「何がだ」
「昨日の夜のことだよ」
私は遊びでなんか男と褥を共にしないんだ。本当に好きな人としかしたくないんだから、と……今更言っても遅いが。
バージルを真っ直ぐに見る事が出来ずに名無しは視線を逸らしながら言った。
途端に視界の端でもバージルがあからさまに不機嫌になったのが分かる。
バージルの反応に驚きながら視線を合わせると、バージルはいかにも不機嫌だとでもいうように眉間にしわを寄せた。
ふん、と鼻で笑うとギロリと名無しを睨む。 いきなりの鋭い視線に名無しは縮こまりながら、凄く怒っているんだと1人泣きそうになりながら心で叫んだ。
「俺は昨日お前を抱いた」
「はい」
やっぱりそうなのか、と冷や汗を流しながら相槌を打つ。というよりも頷く事しか出来ない。
「貴様が俺を拒もうと、俺は貴様を抱いた」
「はい」
呼び方がお前から貴様になっていますよ。なんか昨日とキャラが違くありませんか?
やはりここも声には出さずに心に留めた。これだけ怒っているのだから、やはり私が無理やりバージルを連れ込んだろう。
名無しは絶望の境地に至りながら、バージルの相槌を打った。
「一度でも抱かれたのだから名無しは俺のものだ」
「はい。………はいっ?」
ついつい流れで頷いてしまったが、あまりの話の流れに名無しは耳を疑う。
今この人は何と言ったのだろう。今凄く舞い上がるような事を言われたような気がしたが気のせいだろうか。
それにしても横暴なバージルの話にこんなに喜んでしまう私は随分とバージルに惚れ込んでいる。
名無しは改めて実感したような気がした。
「昨日約束しただろう」
「……はい」
何をとは尋ねられない。ここまで苛立っているバージルに逆らうなんて愚かすぎる。昨日出会ったばかりだが、なんとなく逆らえない何かをバージルは持っていた。
ピリピリとした空気に息が詰まりそうだった。
「俺と一夜を共にすれば、恋人になると」
え、えーーー!
そうなの!? そんな約束したっけ!?
「まさか約束を違える訳では……、」
ないだろうな? スゥっとアイスブルーの瞳が細められ、冷酷な色が見え隠れする。
一気に空気が冷たくなり、重い雰囲気が名無しにのし掛かった。
もしバージルが刀を持っているなら抜こうとする瞬間でもある。名無しは今どうでもいい想像をしながらすぐさま答えた。
「忘れてません! ちゃんと覚えてます!」
びくびくしながら叫ぶと今までの空気は一変して、満足気にバージルは頷いた。
「ならいい」
「名無しはもう俺の女だ」
頬を撫でながら勝ち誇ったように呟くバージルに名無しは一も二もなく頷いた。
余談だが、実際の所名無しはバージルと約束をした訳でも、無理やりバージルをホテルへ連れ込んだ訳でもない。
名無しの事を気に入ったバージルが酔いつぶれるように仕向けただけである。
無理やり名無しを頷かせ、バージルはあっさり目当ての女を物にしたらしい。
この男、策略家である。
fin
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