小さな頃は目に見える全てが宝物だった。「遊ぼう」と私の家の扉を連打するダンテと「迷惑だよ」とダンテを諌めるバージル。その中で喜んで遊びに出かける私。
その思い出は全てが宝物だった。
私の母とエヴァさんは仲がよくて、よく私たちが遊ぶのを眺めながらお茶を飲んでいた。
エヴァさんはとても美人で優しく素敵な女性だった。そしてたまに会うスパーダさんは私の初恋だった。
「大きくなったらスパーダさんのお嫁さんになりたいなぁ」
私がそう呟くと決まってムッとするダンテと珍しく眉を寄せるバージルがいて、エヴァさんは決まって「あの人はあげられないけどダンテとバージルならあげられるわよ」と微笑んでいた。
その途端に2人が慌てて「お母さんっ!」と叫ぶ。なんかもう本当に懐かしい。そして楽しい思い出だ。
「ダンテもバージルもスパーダさんじゃないもん」
「きっと大きくなったら、そっくりになると思うわ」
今考えると本人とエヴァさんの前でなんて失礼な事を言ってるんだと思う。
かなり失礼な事を言っているのにも関わらずエヴァさんは柔らかく微笑んでいて、なおさらエヴァさんが大好きになる。
「本当に?」
「ええ、きっと。それに私も名無しちゃんみたいな娘が欲しいわ」
「私もエヴァさんの娘になりたい!」
「じゃあ、決まりね」
うふふと笑うエヴァさんと今まで傍観者に徹していたお母さんが「腹黒い」と引きつる。本当に策略家ですねエヴァさん。
「うん! スパーダさんにそっくりな方と結婚する!」
この時の私をぶん殴りたい。本当になんて失礼で自分勝手なんだ。
バージルもダンテも怒っていい場面なのに何も口出さなかったし。
そしてこの訳の分からない約束は今でもって続行されていて、今に至る。
「んで、どっちを選ぶんだよ?」
「どっちも」
「マジで!? 名無しは欲張りだな」
大袈裟にリアクションをとるダンテに私は全力でツッコんだ。
「そんな訳ないでしょう!? どっちも選びません」
大体そんな昔の話なのだから、とため息混じりに呟けば今度はダンテが両手で顔を覆うと泣く振りをする。
「酷いぜ名無し。俺の心を弄んだんだな」
「そんなつもりはありません」
「あの時の俺達は親父に近づこうと頑張ったんだぜ」
「私の所為で変な努力をさせてごめんなさいねー」
軽く話を聞き流しながらさっきから続けていた作業に戻る。
「よくバージルともその事が原因で喧嘩したしな」
「へー」
「今も争うしな」
「……今も?」
驚いて作業を中断しダンテの顔を見る。こんなに驚いているのにダンテはケロッとした顔をして私の言葉を繰り返す。
「今も」
「え゛」
ニコニコと笑うダンテの表情がエヴァさんと重なる。やはり親子なだけあって、なんとなく似ていた。
「俺を選べ」
今聞いた話は聞かなかった事にしてしまおうと思っていた矢先にバージルが姿を現す。不敵に口角を上げるバージルは明らかに私達の話を聞いていたんだろう。
私の肩に乗っていたダンテの手をまるで汚い物を触るかのように弾き、代わりにバージルが私の頬を触る。
次の瞬間、ダンテがバージルの手を弾き落とす。バージルは不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。まずい、兄弟喧嘩が勃発しそうだ。
ピリピリし始めた空気に思わず息をのむと、ダンテが私に問いかけてくる。
「名無しは俺と結婚するんだよな」
私が返事をする前にバージルが私を睨む。只でさえムッスリしているのに睨むなんて、怖さ倍増である。倍増どころかまるで親の仇を見るような視線だ。
「俺を選べ」
何で私は睨まれながら告白されているんだろう……?
現実逃避をし始めたようとすると、バージルが小さくけれども確実に私の耳に届くように呟く。
「選ばなければテメンニグルを建てる」
「テメンニグル?」
「魔界とここを繋ぐ塔だ。大丈夫だ名無しは俺が守るぜ」
「ちょ」
聞き慣れない単語に首を傾げているとダンテが教えてくれた。衝撃の事実だったが。まさか、本当に建てるとは思えないが如何せんバージルはスパーダさんの息子だ。
もし普通の人間だったらテメンニグルという塔の出現方法さえ判らないが、バージルは判らない。この男はやると言ったら本当にやる男だ。
「それって脅迫だよね」
「さぁな」
「いやいや、脅迫だから!」
青ざめていると今まで無視されていたダンテが拗ねたように口を尖らす。
「じゃあ俺も選ばれなかったらテメンニグル建てる」
「それってどっちを選んでも、人間界は終わるじゃない!?」
この際、逃げてしまおうかと考えていると敏感に感じとったバージルが釘を刺す。
「逃げる事はゆるさん」
fin
prev / next