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 家に帰って最初にした事はハサミで赤い糸を切るという行動だった。
 まさか自分がこんな事をするだなんて一体いつ想像がついただろうか。仮にも乙女なのだから、こんな暴挙にでるだなんて予想もしていなかった。

 ハサミを取り出し赤い糸に切り口を持って行く。そして思いっきり切ろうとした。

 堅い。いくらハサミで切ろうとしてもジャキジャキと刃が鳴るだけで、糸は切れなかった。
 徐々に切っていこうと思い直したが、結局は無駄に終わった。30分もの間、粘りに粘ったが全く切れない。

 一体どんだけ硬いんだよ。糸じゃなくて鋼なんじゃないの!?

 イライラしながら手を動かし、何度も試みる。ここまできたら何が何でも切ってやる!
 名無しは半ばムキになっていたがそれから一時間という時間を費やして諦めた。終わった時には名無しの顔はぐったりとやつれ、手は痺れたのか妙な手の形をしている。
 駄目だ、切れない。絶望感に浸る名無しだったがある考えが浮かび上がった。
 もうダンテという男には関わらなければいいのだ。そうだ、そうしよう。
 いくら運命の相手だからといって、浮気なんか許せない。何より女性関係が緩い男となんか付き合ったら、振り回されて最終的にはポイさせる。そうに違いない。
 私は普通の恋愛がしたいんだ。毎日彼氏の不貞に枕を濡らすなんて冗談じゃない。私にだって相手を選ぶ権利はあるはずだ。


 名無しは解決策が見つかりホッとため息を吐くと、今日の事は忘れてしまおうとベッドに潜り込んだ。
 嫌なことを払拭させてくれるような良い夢を見る事を期待して。

 目が覚めるとすでに朝だった。昨日は夕方前にベッドに入ったはずだから、かなりの時間寝ていたという事になる。
 よほど疲れていたんだなと未だにげんなりした頭を抱えシャワールームに向かった。

 外に出ると晴天で名無しの気分が晴れてきた。
 今日はパーッと買い物をして美味しいものを食べよう。そう決めると軽い足取りで名無しは歩き出した。……のもつかの間だった。
 目の前からダンテが歩いてきて、急いで逃げようと踵を返した途端にダンテと目が合った。今度は瞳を軽く見開かせて嬉しそうに近付いてくる。心なしかアイスブルーの瞳が輝いているように見えた。      

 げ。とおよそ女の子らしくない呟きが口から漏れるが、ダンテは対して気にしていないようだった。

「また会ったな」
「どこかでお会いしましたっけ?」
 まるで初対面の相手に接するように返事をする。名付けて「私はあなたをシリマセーン。誰かと勘違いしているんじゃないですか? いやいやそうですよ。そうに違いないですから、私とは関わらないでください」だ。
にこやかに微笑みながら名無しはいい作戦だと自分を誉める。さすがだ私、と続けて誉めた。

「昨日会っただろ?」
「いえ、人違いですよ」
「絶対ェ、昨日も会ったって」
「絶対に人違いですって」

 いや、昨日のは会ったって言わないから。あれは目が合っただけ。会話もしてないし、初対面も同然だ。
 人懐っこい笑顔を向けるダンテに、違う意味で微笑み返す。
「ふーん、まぁいいや」
 いいのかよ! 思わず口に出してしまいそうになって慌てて口を噤む。
 ここで声に出してしまえば、人違いではないとバレてしまう。咄嗟に考えを導き出した名無しは心を落ち着かせて下手な事は言わないようにと自分を戒める。
「ところで名前は?」
「……名乗る程でもないですよ」
「俺はダンテだ」

 聞 け よ
 どこまでも一枚上手のダンテに、内心冷や汗をかく。まずい。このままでは流されてしまいそうだ。

「……名無しです」
 分かってはいても結局は名乗ってしまうのだが。
 ダラダラと冷や汗をかく名無しにダンテは爆弾発言を落とした。


「名無しって可愛いよな。昨日会った時から思ってたんだ」


 惚れちまいそうだ。と冗談混じりに笑うダンテに名無しは石化した。


 リップサービスだと判っているのに、さらりと流せない。ダンテの事を知っている今だったら、あーあー、はいはいそうなんですかーと流せるはずだったのに流せなかった。
 慌てて指輪をはめて赤い糸を確かめてみると、やはり名無しの小指に巻かれてありダンテの指に結ばれている。
 あえて言うならば昨日よりも色が濃く深いものに変わっていた。

 まずい。非常にまずすぎる。
 名無しが青ざめていると「へぇ」とダンテが口角を上げる。驚いてダンテを見ると、しげしげと自分の小指を眺めていた。角度を変え赤い糸を引っ張ってみたりして、最後には名無しの小指へと視線を送る。

 嫌な予感がした。まさかとは思うがダンテにも見えているのだろうか。
 指輪をはめている本人でしか赤い糸を確認できないのだからダンテには見えるはずがない。
 そう思い込もうとしたが、ニヒルに笑ったダンテが名無しに声をかける。

「なるほどな」
「な、何がですか……?」
「名無しにも見えてるんだろ、コレ」

 そう言ってダンテは赤い糸が結ばれている方の手を持ち上げ小指を立てた。
 やっぱりー! まさかこの指輪ははめている本人じゃなくて、その相手にも効果を発揮するの!?
 ぎょっとしている名無しを尻目にダンテはポツリと呟いた。

「どうりで一目惚れするはずだぜ」

 本日2度目の石化だった。
 自分の気持ちを認めたダンテは頬を染めながら笑いかけてきた。相変わらず無邪気な笑顔だった。
 くわんくわんと回る頭をなんとか支えて赤い糸を見れば、昨日の赤みなど比ではない位に真っ赤だった。

「好きだぜ、名無し」

 赤い糸からは逃れられそうになかった。

 fin

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