継続的な恋煩いバレンタインデーの翌日から、ゾロに触れられてない。たったそれだけのことで、ここまでフワフワしてしまうだなんて。
イオナは頭を抱える。
事の発端は風呂だった。
バレンタインデーの翌朝、ゾロに誘われるがままに一緒に風呂に入った。
どうせそういうことをするんでしょ。と一度は突っぱねたものの、甘くねだられると応じてしまう。
夜の情事の名残で思考が鈍っていたのか、当然のように風呂場でもそうなってしまった。声を押し殺すのに必死で、時間の流れに気を向けることもできない。
結果的には、みんなが目を覚ます時間にまで、体温を交わしていた。
いつも以上に激しく責められ、ガクガクする腰を抱えて浴室から出たとき、廊下にいたのは寝起きのウソップだった。
不味いと思った時にはもう遅く、ゾロと揃って浴室から出てきたところを見られてしまった。
どうしようとたじろぐイオナをよそに、ゾロは自然な感じで「よう。」と声をかける。その白々しさに驚く彼女をよそに、ウソップもまた「おはよう。」と挨拶を返す。
なにも言わない訳にもいかず、「おはよう。」と言うが、声は見事に震えてしまった。
関係がバレてしまうことに不安を募らせるイオナをよそに、純粋なウソップは風呂場でそんなことをしていただなんて考えにも至らなかったのか、「相変わらずお前らは仲がいいな。」と笑う。
「相変わらずって?」と問うと、「よく一緒にいるだろ。」と当然のように言われてしまった。
イオナは救いを求めるような目をゾロに向ける。けれど、彼はたいして大事だとは思っていないようで、「俺はもう一眠りしてくるわ。」と宣った。
何してくれてんだ、ばか。
そう視線で訴えるが、ゾロはまったく動じない。表情一つ変えようとしない。余裕があるのと空気が読めないのとは違うんだぞ。と言ってやりたい気分だった。
けれど、どうにも空気が読めていないのはイオナのようだった。ウソップはゾロの言葉の意味を深読みしなかった。
「そうか。じゃあサンジに言っといてやるよ。」
「頼むわ。」
「イオナは飯食うだろ?」
「え、あ、うん…」
自分だけあたふたしてバカみたいだ。そう思うと同時に、ウソップが気のいい人でよかったとも思う。サンジのように女性関係に敏感だったり、ナミのように勘がよかったりすれば、全てがバレていた。
ぎこちのない返事しか出来ないイオナを置いてゾロはとっとと寝室へと向かう。その時、どこか意地悪な笑みを浮かべていたように見えたのは見間違いではなかったはずだ。
それ以降、バレるのが怖くてゾロに近づいていなかった。彼もまた思うところがあるのか、余計に距離を詰めてきたりはしない。
最初こそ、バレていないことへの安心感でその状態を受け入れられた。けれどその意識と反して、身体はぐちゃぐちゃに掻き回されることを求めてしまう。
「うぅ…」
勝手に熱くなる下腹部も、芯を持つ乳頭も、待ってはくれない。イオナは毎晩のようにベッドの中で、ゾロに触れられる感覚を思い出しグッと息を詰める。
自分の指でしようとまでは思わない。そこまで考えは至らないが、ふと、彼が欲しくなる。そんな自分が情けないやら、恥ずかしいやらで仕方なかった。
そんなイオナに転機が訪れる。
ルフィの思い付きに付き合う形で停泊した島で、自由行動が許されたのだ。
一人で船から出ていこうとするゾロを捕まえたのはナミで、「迷子になるから単独行動はダメ。」ときつく言う。
「じゃあ見張りでも何でもつければいいだろ。」
「そうね、じゃあ…。」
ナミは視線だけでウソップを指名した。彼がたまたま二人の横を通りすぎようとしたからだ。
「俺は無理だぞ。やらなきゃなんねぇことが…。」
「へぇ。じゃあゾロが迷子になったら責任取ってくれるんでしょうね。」
「んなこと言われても…。」
「やるの?やらないの?」
強い口調でナミに責められ、目を泳がせるウソップ。彼の視界にたまたま入り込んだのが、イオナだった。
「イオナに行かせろよ!そしたら、迷子にならねぇどころかもめ事だって起きねぇだろ?」
「イオナ?」
ナミはなんでそこで?といった様子で眉を潜めるが、「何でもいいから早くしろ」とめんどくさそうな顔をするゾロをみて仕方ないと思ったらしい。
「イオナにはアンタから言いなさいよ。で、もし断られたら船番やんなさい。」
命令口調に対して露骨に嫌な顔をするゾロだったが、ナミが怯むことはない。板挟み状態?のウソップだけが、双方の顔を交互に眺め怯えた表情を浮かべていた。
一方、甲板の柵に身体を預けるようにして海を眺めていたイオナは、ゴタゴタしている三人を尻目に「はぁ。」と深い溜め息を吐く。なにか揉めていることこそわかるが、その会話までもは聞こえてこない。
ゾロはまた一人で出掛けてしまうかもしれない。いや 、ずっとそうだったように、今日も一人でどこかに行ってしまうのだろう。と落胆していた。
外に女が出来たところで、同じ島に長くは滞在していないのだから、継続的な関係になるのは不可能だ。
もし"そういうお店"で遊んでいたとしても、一夜二夜のこと。自分との関係と比べれば、ほんのちっぽけな存在だ。気にするに値しない。
イオナは心の中で「気にしない」と繰り返す。
実際、そんなことをしているとは思いたくはないし、そんな疑いもかけたくない。でも、どうしても頭の隅で考えてしまうのだ。
もしゾロが自分意外の女に触れていたら…と。
島に着く度に一人行動をするゾロを、追いかける行動力もなく、戻ってきた時に、どこに行っていたのかを問う勇気もない。
ゾロが好きで仕方がないから、何も言い出せなかった。
誘ってくれればいいのに。そう思うものの、バレないように気遣ってくれているという理由がある以上、そんなワガママは口に出来ない。
でもいい加減不安だ。一緒に暮らしておきながら、このまま自然消滅してしまうのではないか。もう自分はゾロに必要ないのではないか。まさか、飽きられてしまったのでは…
余計なことばかりが頭を過る。
しつこく求められるのも持て余すが、なにもされなさすぎるのはやはり辛い。
触れたい、触れたい。でも…
自分から歩みより、拒絶されたら?
頭の中はゾロでいっぱいだ。今思えば、初めてキスをされた日からゾロのことしか考えていない。
イオナは小さく呟く。
「ばか。ゾロのばか…」と。
「おう。バカで悪かったな。」
「へ?」
突然背後からは聞こえたゾロの声。イオナはパッと振り返る。
「鳩がなんか食らった時みたいな顔してんな。」
「豆鉄砲だよ…」
しばらくポカンとした顔をしていた彼女だったが、グイと顔を覗き込まれた途端、顔を真っ赤にして目を伏せた。
「なんだよ。俺の顔忘れたのか。」
「違う。そんなんじゃなくて…」
「付き合えよ。」
「へ?」
「俺とじゃ嫌か?」
そう訊ねるゾロの表情は明るい。断られる可能性など、ひとつも考えていないのだろう。
本当なら「嬉しいっ、ありがとう!」と飛び付きたい気分だったが、そんなキャラじゃないとイオナはグッとこらえる。
「行ってあげてもいいけど…。」
「嫌ならいいんだぜ。」
「嫌とは言ってない!」
「そうかい。」
意地悪く笑うゾロの大きな手が頬に触れる。身体がジンと熱を持つ。イオナは口付けをねだるように、顎を僅かに持ちあげる。けれどゾロは親指の腹で唇をなぞるだけ。しかもその時、彼の表情が少しだけ険しくなったのを、彼女は見逃さなかった。
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