ゾロ | ナノ


攻略的な恋のお祭り

バレンタイン。

それは恋のお祭りだ。

昔、とある国では若い男女の生活が別だった。そんな彼らが、唯一触れ合いを許されたのが、2月15日に行われる豊年を祈願するお祭り。

女性が自身の名前を書いた札を樽に入れ、男性がその樽から一つの札を選ぶ。

ひかれた札の名の女性と、ひいた男性は祭りのパートナーとして共に過ごすことを許され、多くのカップルがそのまま結ばれるという。

同時に、その国の兵士は結婚を許されてはいなかった。それを可哀想に思った教司祭が秘密に婚姻を許したが、皇帝にばれ処刑されてしまう。

その処刑された日というのが、祭りの前日である2月14日。

この司祭は祭りの生け贄とされたのだという。

それ以降、2月14日はこの殉教した司祭に由来した記念日として親しまれてきた。

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「ってことらしいんだけど…。」

めずらしく饒舌に知識を語るイオナを前に、ウソップは若干戸惑いながら「へぇ」と相づちを打った。

彼女はなにかあると必ずと言っていいほどウソップ工房に現れる。落ち込んでいたり、苛立っていたり…。その時によって機嫌は様々だ。

その理由を彼が聞かされることはないのだが、いつもうまい具合に対応するため、この場がイオナにとっては逃げ場となっていた。

そして今日もまた、彼女はフラッと現れた。

作業をこなすウソップの邪魔にならない位置に膝を抱えて座り込んだかと思うと、なんの脈絡もなくバレンタインの由来を語り始めたのだ。

イオナは彼が戸惑っていることに気がついていないのか、足元の芝生を焦点の定まらない眼で見つめながらぼんやりと続ける。

「人が処刑されてるのに、イチャイチャしてるなんてどうかしてると思わない?不謹慎すぎるでしょ…」

「まぁ、そーかもしれないな。」

「その由来を知っても、チョコレートをプレゼントして、おまけにイチャイチャなんて普通出来ないよね。できる人って、精神的に病んでるんじゃないのかな?」

いよいよイオナの語り口が怪しくなってきた。基本的には単調でありながら、所々感情的になる。

相変わらず何を見ているのかもわからない虚ろな眼、口元は心なしが笑って見えた。

病んでいるのはイオナの方ではないかと、ウソップは額に冷や汗を滲ませる。

それでも彼女が心配で、その場から逃げ出すという選択肢は選ばなかった。

「でもあれだろ。その教祭は、死ぬかもしれぇリスクを犯してでも兵士を結婚させてやったいいヤツな訳だ。そんなヤツなら、自分の死んだ日が記念日になったと知ったら喜ぶんじゃないのか?」

実に正論に近い意見。きっと教司は愛の尊さや平等さを、その背反行為によって訴えたかったのだろうと取れる。

その日が記念日となり、世界の至るところで男女が愛を誓い合っているとなれば彼の本望とも言えるだろう。

ただそんな正論は、今のイオナにとっては納得したくない、悪辣なものだった。

彼女は顔をあげウソップを見据える。
何を言うわけでもなく、ただどんよりした表情と生気のない瞳で彼を見続ける。

自分に向けられた視線に、一握りの殺気が混ざっているような気がして、ウソップはさらにたじろいだ。

イオナは普段から言葉数が少なく冷めている部分も多い。確かに誰かとじゃれ合うようなことはしないが、根暗というわけではなかった。

だというのに、今現在の彼女は完全にダークサイドに落ちてしまっている。

睨まれる訳でもなく、ただ見つめられ続けるという不自然な状況にウソップは狼狽えながらも、慣れない船旅による弊害だろうかと心配しはじめた。

「なぁ、イオナ。なんかあったか?」

「え?」

「いや、なんで、そんなに…、バレンタインが嫌なのかなぁ、と思ってだな。」

言葉を詰まらせながらのウソップの問いかけに、イオナの目が左右に泳ぐ。先ほどまでは生気を感じられなかったそこに、明らかに光が甦った。

理由はわからないにせよ、ウソップはまだ彼女が平常心を取り戻す力を持っていたことに安堵する。

対する彼女は、先ほどのウソップ以上にたじろいでいた。

(理由なんて、話せる訳…ない。)

胸中で呟き、目を伏せる。

ゾロの欲しいものがわからず、ここ数日バレンタインについて調べ尽くしてきた。雑誌のバレンタイン特集などは欠かさず読んだし、メンズ雑誌にも目を通した。

それでもゾロが喜んでくれそうな物の検討がつかず、いよいよ精神的に追い込まれてくる。眠れなくなってくる。

そこでイオナは考えた。バレンタインを否定することで、このイベントを無干渉のまま乗り切ろうと。

病んでしまっていると言われても否定はできない。むしろ、肯定するしかないくらいだ。

心の奥ではバレンタインを楽しみたいと思っているのに、迎える準備が調わないためにその気持ちを押し殺す。

恋愛に疎く不器用な性格が祟り、相手の気持ちに答えられない。

いつかそんな無様なところを嫌われるのではないかという不安や、素直に慣れない自分への不満、なにをしても的を射てくるゾロへの妬み。

いろいろな感情に押し潰されそうになっていた。

「えっとそれは…」

なにか良い言い訳はないかと考えるが、元の理由もずいぶんと身勝手なものなだけに都合よく適当な言葉が頭に浮かぶはずもなく。

重い腰をあげ、「別に…。」と小さく呟く。

ウソップの視線を痛いくらいに感じたけれど、気がつかないふりをした。

「浮かれてるヤツが嫌いなだけよ。」

イオナはそれだけ呟いて、彼に背を向ける。大丈夫かと問いかけられたが、あえて反応はしない。別に構ってちゃんをしたかった訳ではないからだ。

そんな彼女の心中など知らないウソップは、心配そうにその小さな背中をみつめていた。


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