ゾロ | ナノ


恋の失神バースディ

それは男部屋、ゾロのベッドの上。

後ろ手に縛られたまま大きく開脚したイオナは、真っ暗の視界の中に熱い息遣いを感じる。

視界を塞ぐアイマスク。
首には緋色の首輪。
頭につけたカチューシャからは耳が生え、手錠はベッドの柵を通してかけられている。

大きな着衣の乱れこそないが、左足の太ももには小さな布切れがぶら下がっており、スカートの中が涼しい状態であることは見ての通り。

この状況を一方的に作り出されたのなら、イオナは完全に被害者なのだが─決してそうではない。

どこよりも熱い部分に向けられた視線。

あられもない姿で縛られる自分をみて、呼吸を荒立てる存在を前に彼女の胸は高鳴る。

どこも触られていなくても、ものの5分で雫を垂らすほどに興奮していた。

「スケベな女だな。」

呆れた調子でそう囁かれただけでも、その掠れた声でゾクゾクしてしまう。彼がどんな表情をしているかと想像するだけで、官能的な気分を高めるには充分だった。

「ゾロ…、まだ見てて。」

「かまわねぇけど。」

熱い息が鼻先にかかる。キスを寸前でやめた彼は焦らされたことに溜め息を付きながらベッドの端に腰を下ろした。

『私のこと、飽きちゃいましたか!?』

始めて身体を重ねた日の数日後、イオナは突然こんなことを言い出した。

はて?なにを言い出したのかと問いただせば、身体を求めてもらえないことが不満だという。

照れ屋で目すら合わせられないくせに、そちらの面においてはやけに達者なイオナ。

2、3日間隔が空くと『もう触れてもらえないのではないかと不安で仕方ない』と泣くものだから、ゾロはなるだけ積極的にベッドへと誘うようにしている。

好きな相手に求められた上で抱けるのだから、喜んで!と言いたいところなのだが──彼女の性癖にゾロはどうにも戸惑っていた。

というのも。

『ゾロが好きだから。』と前置きした上で、たくさん傷つけられたいと言う。痛みと羞恥心と心細さをたくさん味あわせてほしいと。

例えばアイマスク。それは、失神防止でありながら、イオナに孤独感を植え付けるためのものでもある。

視界を奪われた状況でゾロに凌辱され、恥辱されることで心細さが生まれ、依存心が高まるのだという。

そこに痛みが伴えば、脳髄にどっと快感と幸福感が押し寄せるらしい。

アイマスクをしたままの彼女に真剣にそう語られた時、己の男の部分が反応していたことには驚いた。

呻き声や悲鳴のようにも聞こえる喘ぎに、脈打つそこで熱が荒ぶることに不安すら覚えた。

それでもこうしてイオナをベッドに招いてしまうのは、やっぱり彼女を愛しているからなのだろうと思う。

「なぁ、イオナ。」

「まだダメ。」

「無理。」

アイマスクの下から覗く紅潮した頬と、艶っぽく息を漏らす唇。

アイマスクの向こうで瞳を羞恥心で濡らしているのだろうかと思うと、たまらない。

乱暴に唇を重ねると同時に、服の上から胸を鷲掴み円を描くように強く揉む。

「いつまで待たせるんだよ。」

「もっと見てて欲しかった…」

「嘘つけ。ほんとは欲しいんだろ?」

自分のいやらしい姿を、誰にもみせられないような恥ずかしい姿を見ていて欲しい。

背徳的な気分を味あわせて欲しい。

そんなことを平然といってのけるイオナは、本当に意味のわからない女だと思う。

ただそれと同時に愛しくもあった。

それが自分にだけ向けられた感情ならば、それだけで想いのデカさを感じられる。

だからこそ付き合ってやっていたのだけど、結局は彼女が満足するまで耐えられず手を出してしまった。

「イオナ、めっちゃかわいい。」

「やだ…っ。」

服を捲し上げ、ブラをずらすと姿をみせるピンクに近い薄い茶色。すでにツンと勃ったそれを摘まみ、転がしながら、ゾロは目を細める。

アイマスクの向こうでイオナがどんな表情をしているかを想像し、気分をあげていく。

自然と口元が綻び、悪戯でもするかのように強くソレを摘まみ引っ張った。

彼女は痛そうに呻く。

目元がみえない分想像力が掻き立てられ、そのいやらしさに下半身に熱が集まる。

「どうされてぇんだよ。」

「もっと、痛いの、欲しい…」

「ふーん。」

「もっと痛いの、頂戴。」

震える声で訴える様子は情欲的で、たまらない。唇が震えているのが痛みに対する恐怖心であることは見て取れた。

「後悔しても知らねぇぞ。」

熱い息を耳元に吹き掛けるように語りかけたゾロの唇が、イオナの首筋に触れる。

そのまま大きく口を開き歯を押し当てたかと思うと、躊躇いなく噛みついた。

首筋を貫ぬこうとする激しい痛み。

肌がちぎれそうなほどに強く噛まれ、手の先がピクピクと震える。痛みに耐える苦しげな声がイオナの唇から漏れるが、すでに濡れた下腹部は熱を荒ぶらせる。

逞しい身体に触れたいのに後ろ手に縛られているためそうはいかず、 虚しく手錠の音がカチャカチャとなった。

それでもこのもどかしさが、この苦しさがたまらない。

ゾロは自分にはもったいないくらい素敵な人で、かっこいい人で──だから、もっとこの人のために傷つかないと釣り合えない。

なんともおかしな解釈ではあるが、イオナは至って真面目にそう考え、物足りなさにエクスタシーを感じていた。



それから1時間後。

身体のあちこちに歯形をこしらえたイオナは、バスルームにいた。

全身に残るゾロからの贈り物。

いまだに残る抉るような痛みも、うれしくて幸せで仕方ない。

本当は洋服を着ていても見える部分にも残して欲しいと思うのだが、ゾロの良心から首筋が限界でそこだけに止まっている。

「今日も痛かった…」

それは決してて歯形だけのことではない。胴体にいくつかの赤い痣もあるが、それの話でもなかった。

ジンジンと微弱な痺れを残す下腹部。

もうちょっとこの痛みが弱まれば、痒みと勘違いしてしまいそうなほどの微弱な刺激。

「大口叩く割りに下手くそだと思うな。」

イオナは愛しい人の動きを、触れ方を、囁きを思い出し口元を綻ばせた。

指先の皮がゴツゴツしているから、敏感な部分に不慣れに触れられるとどれだけ濡れていても摩擦で痛かったりする。

それがまた、"気持ちいい"のだからクセになるなんて言葉じゃ言い表せず。

もちろん、ゾロ当人にもそんなことは言ってはいない。

鏡に写る生傷だらけの身体から視線を外し、シャワーへと向かう。熱い湯は白い肌を伝い、現実的な痛みを傷口から脳髄へと伝えた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「はぁ…」

簡単に言えばそれは疲労感なのだろう。

傷が癒える前に、新たな傷をつけるために白い肌はいつも傷だらけ。

本人がそれを望んでいるのだから気にするこもはないのだろうが、罪悪感を感じないほど嗜虐主義者でもなかった。

かといって、自分の与えた痛みでもがくイオナを見て、身体に刻んだ烙印をみて興奮しないわけでもない。

どうにも残るこの後味の悪さに踏ん切りがつかず、ゾロはベッド底板を見上げたまま苦笑する。

彼女のあれは照れ屋とか、恥ずかしがり屋とはまた違う。目を合わせただけで失神されたり、抱き寄せようとしただけでビンタされたり。

日常茶飯事なのでいちいちめげるわけにはいかないが、せめてもうちょっと普通に振る舞えないだろうか。

額を重ねて、鼻先を付き合わせて、想いを囁き合える程度の関係になれないだろうか。

イオナを受け入れた時点で捨てたつもりだった欲が、彼女と身体を交える度に強くなる。

「もうちょっと、現実的に…なぁ。」

手の中にある存在が何故か遠い。そんな錯覚に襲われながら、先程まで感じていた温もりを噛み締めていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

髪を乾かし終えたイオナは、喉を潤そうとダイニングへと向かう。すでに夕飯の支度を始めているようで、ガーリックやハーブの芳ばしい香りが廊下を漂っていた。

特になにかを考えることなく、ドアノブを回し部屋へと足を踏み入れる。途端に投げかけられたのは、優しい言葉。

「イオナちゃん、お疲れさま。」

「……………ッ!!!」

赤面し悶絶するイオナ。
そりゃ、そういうことをしていたことがバレていないとは思っていないが、ここまでダイレクトに指摘されるとさすがに恥ずかしい。

ゾロから辱しめられるのは至福だが、他者からソレ与えられるのは純粋に嘆かわしく屈辱的。

奥歯をギギギと噛み締める彼女の様子に、サンジはまいったといった顔をしたあと、イオナにミネラルウォーターを差し出した。

「アイツの誕生日、どうするか決めた?」

「うぅん…。」

「迷ってるとか?」

「そーじゃない。そーじゃなくて、ゾロは何をしたら喜んでくれるかなって…」

急に神妙な面持ちになり、悩みを吐露した彼女にサンジは優しく微笑みかける。

しかし、彼女の眼中にそれは映らない。

そっとその肩に触れてみたところでビンタをしてくる気配はなく、むしろ触れられたことにすら気がついていない様子。

まるでそこにサンジがいるのも忘れてしまったのか、イオナは一人で考え込む。

きっと彼女の世界には、ゾロしか映っていないのだろう。

首筋に残る痛々しい歯形を目の当たりにして、サンジの苦笑はさらに苦々しくなるが──もちろん、彼女の知ったことではない。

「ねぇ、イオナちゃん。1つアドバイスいいかな?」

「え?あ、サンジくん居たんだ。」

「うん。さっきまで会話してたとおもうんだけど─、まぁいい。1つ提案があるんだ。」

サンジはそっとイオナの耳元に語りかける。それを聞いた途端、彼女の白い肌は一気に紅潮。唇をアワアワと震わしながら、小さく「そんなの無理だから!」と声をあげ、そのまま部屋を後にした。


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