ゾロ | ナノ


災い転じて福と成す

チョッパーが点滴の針を差し直しにきてくれたのは、ゾロが部屋を出て行って直ぐの事。

針が折れたりしていた訳ではないので、反対の腕にサクッと管を繋いでもらった。そのあと「もう寝るから」とチョッパーを追い出したのは1時間前。

そしてそれからずっとイオナは涙を流し続けていた。

状況だけを見ていた人間ならば、それは"失恋の痛手"による涙だと考えるだろう。

しかし、彼女はあくまでゾロと両想いを望んでいるのではないからして─

あんな風に突き放したのに、ちゃんとみていてくれたんだ。あんな状況でも、気遣ってくれたんだ。

─自分のためにチョッパーを呼んできたくれたという事実に、陶酔していた。

不本意とは言え期待させた上で、その気持ちを踏みにじられた(と思っている)ことには傷ついたけれど、それはそれである。

彼女の一番重要としていること。

「ゾロ、ゔぅ…、優しすぎるよ。」

彼が自分の為に親切を働いてくれることが、嬉しくて仕方なかった。

だからこそ、イオナは自分の心のバランスを崩さないがために、脳内で都合のいいシナリオを描き始める。

きっとナミに煽られて咄嗟にあんなことを言ってしまって、それを私に聞かれたから誤解させて申し訳ないなって思って謝ったんだ。

だから、ゾロは悪くない。

むしろ、ゾロは私の気持ちなんて知らない訳だし、あの状況なら「冗談だろ、あんなの。」って流せたはずなのに…。

わざわざ謝ってくれるなんて優しい。

理不尽に対して謝れるなんて男気感じちゃうよ、かっこいい…。

なのに、なのに…

「まだビンダじぢゃっだよぼぉ〜」

あの地の底に叩きつけるようなタイミングで放たれた謝罪すらも、自分のためだと思うと胸が痛い。

おまけにビンタまで打ち込んでしまった自分の横暴さに飽きれ、涙が溢れる。

「ジョロでぃ、謝りゃない゙ど…」

後悔させてやるなんて捨て台詞を吐いておいて、一番後悔しているのは自分である。

そんな自分のカッコ悪さなど微塵も気にすることなく、イオナはただゾロを想い、妄想を繰り広げ、止めどない涙を流し続けていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

その頃。

ゾロはダイニングで落ち着きなく、同じ場所を行ったり来たりしていた。

昼食を食べるのも忘れ、昼寝する睡魔も襲ってはこない。頭を巡るめくのは、1時間も前にみたイオナの今にも泣き出しそうなくしゃくしゃな顔。

じれったい。自分がじれったい。上手くいかないのはなんでだ。アイツはなんであぁも人の話を聞けないのか。

今までの出来事を回想しながら考える。

彼女の性格をわかった上で受け入れようと決めたはずなのに、いざ受け入れる段階になって相手から突き放される結末。

それはどうも納得がいかない。

地雷なら地雷らしく、俺を巻き込んで爆発しやがれ。

そう思う反面で、攻略法をみつけるまでは下手に近づかない方がいいのではないかと、少々消極的なことも思う。

あの妄想力と自分の行動によって、かえってイオナを傷つけてしまうかもしれないと考えたからだ。

実際にはゾロの言葉足らずな点が、彼女の妄想スイッチを押しまくっているのだけど─本人がそれを理解するのは難しいことだろう。

それに今回だって傷つけてはいない。

むしろ、ゾロ自身が気がついていないだけで、見事に喜ばせることに成功しているのだ。

相手のなかでの自分がそこまで価値ある存在だと思われているだなんて知らないで、ゾロは悩み続ける。

大事な仲直りの方法を。
彼女の攻略法を。
笑顔を生み出す手段を。

これだけゾロが悩んでくれていると知れば、イオナは眼球が陥没するほど泣いて喜ぶだろう。

が、二人ともエスパーではないので、すれ違ったままに時は進む。

閉め忘れた蛇口から滴る水滴の音が、一定の間隔で部屋に響き、時間の経過を知らせ続けた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

2時間後。

泣き疲れたイオナが眠ったのは、ほんの1時間前。たった1時間の睡眠ではあるものの、暴走系脳みそに冷静さを取り戻させるには充分な休息となった。

「フラれたのか。」

彼女は仰向けになり考える。

もともと片想いだったのだから、気持ちを伝える予定など微塵もなかったのだから、それはそれでいい。

ただ、これからの関係については"自分の中で"はっきりとさせる必要があった。

それは一組の男女としてであり、同じ船に乗るクルーとして。

好きだったって伝えよう…。だから、ついビンタしてしまったんだって。だから、もう、追いかけ回さないでほしいって伝えよう。

「ちゃんと、謝ろう…」

今までさんざんなほどに想像を膨らませてきた。ちょっぴり過激なものから、淡い期待までたくさんの夢をみてきた。

そしてこれからも、ゾロを目で追いながらそんな空想に自分は想いを馳せ続けるだろう。

そう、ほんの少し前の関係に戻るのだ。

今思い起こしてみれば、ただ彼をみていただけの頃はここまで感情に振り回されてはいなかったし、理性もしっかりと保てていた。

なにより、『期待』する気持ちなど一ミリも持ち合わせてなどいなかったのだ。

ゾロに追いかけられることでこんな展開となってしまったけれど、それもいい思い出。

だから、お礼を言わないと…。

ビンタしてしまったことへの謝罪と、ドキドキとワクワクを提供してくれたこのへのお礼。

どこまでいっても彼女の世界はゾロが中心であり、どんな展開でも"創造力を介す"ことで受け入れられるらしい。

それほどまでなら、話くらい全部聞いてあげればいいのに─なぜかそうは上手くはいかない。

イオナはゆっくりと上体を起こし、空になった点滴の袋へと視線を向けた。

刹那─。



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