ゾロ | ナノ


ゾンビタウンと表現しても差し支えないであろう不気味な街から彼らが戻って、まだ数時間。

リビングからイタリアンな香りが漂い始めた昼食前の時。

仮眠から目覚めたゾロは、男部屋を出てすぐ甲板へと向かった。

照り付ける日差しの下でキョロキョロと辺りを見渡すが、そこにイオナの姿はない。

やっぱ、まだ寝てんのか…。

そんな気はしていたけれど、それにしても寝過ぎではないか。

なにせ彼女は、深夜帯のほとんどをゾロの背中で眠っていたのだから。

加重される嫌な予感。

ゾロは甲板から船室へと戻るドアを少しばかり大袈裟にバタンと音を立てて閉めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

時は少し遡る。

船に戻ってこれた時間もさることながら、ビンタとシャワーのおかげで目が冴えてしまったゾロが眠りに落ちたのは日が昇りきってからだった。

他のクルーたちが目覚める気配を感じながら眠ったからか、深く眠りに落ちることはできず─結果、いつもの昼寝程度の睡眠時間しか得られなかった。

寝不足には不馴れではあるが、また昼寝すればいい。そんな気持ちでのっそりと上体を起こす。

起床した際、たまたまベッド付近に居合わせたチョッパーに、イオナはどうしているかを訊ねると、今日はまだ会ってないと答えた。

その途端、ゾロの中の睡魔は霧散する。

はっきりとしたものではないもののなにかこう『不安要素』のような物が胸中で動いたのだ。

チョッパーに御礼を伝え、一度冷静になろうと再びベッドに沈む。

不安要素。つまりは予感。

それは、怪我の状態を深刻なものだと受け取っていたせいかもしれないし、彼女の普段の行動から導かれるものかもしれない。

でも、たしかに"よくない何か"蠢いているのだ。いや、そう思えてくるのだ。

結果的に我慢できなくなって、ゾロは行動をおこしてしまう。

ジッと考え込んで心配している暇があるなら、イオナを取っ捕まえてチョッパーのところに引きずってこよう。

そんな彼らしい発想を胸に。

そして現在、彼女をみつけられないでいる。

イオナが潜んでいそうな女子部屋にはまだ訪ねてはいないし、居場所を知っていそうな人物にも問うてはいない。

どちらを先に試すか。

ゾロにとってそれは究極の選択。

ナミに訊ねれば、厄介な詮索を受けるのは明白である。その上勝ち誇った表情でアレコレ言われるだろう。

ならば、女子部屋に訪ねるのは…

そこまで考えたところで、いままでのイオナとのやり取りを一瞬のうちに思い出し、あるはずのない頬の痛みを感じた。

あの性格を踏まえて考えれば、部屋を訪ねるなんぞ、最終手段とすべきだろう。

結局、消去法でナミに訊ねることに決めたゾロは、彼女がいるであろうダイニングへと足を踏み入れる。

案の定、サンジが料理している姿に見向きもせず、椅子に腰掛け紅茶をお召し上がりになっていた。

少しは手伝おうとか思わねぇのかよ。

そんな突っ込みをぐっとこらえ、ゾロはナミの向かいの席へと腰かける。

チロリ。

ナミはペラペラと捲っていた雑誌から、一瞬だけゾロへと視線をむけた。どうもゾロの出方をうかがっているらしい。

できれば相手から話を切り出してほしいと考えていたゾロは、彼女のその態度をみてすぐに希望を捨てた。

「なぁ、聞きてぇことがあんだけど…」

「あら、なにかしら?」

実に白々しい物言い。それに添付された笑顔がこれまたいじらしく、ゾロを苛立たせる。が、感情を顔に出すわけにはいかない。

いつも以上に青筋を痙攣させながら、されど口角は持ち上げぎみにゾロは訊ねる。

「イオナが見あたらねぇんだが…」

「なに?また揉めたの?」

「ち、違ぇよ。」

言われてみれば、イオナはビンタをブッ放して立ち去ったのだから"揉めた"うちに入るのかもしれない。

けれどゾロは認めたくなかったため、あえて否定する。

そんな彼を舐めるように見据え、ナミはパタンと雑誌を閉じた。

「はっはーん。さては下手くそすぎてダメ出しされたとか?」

不意打ち過ぎてその言葉の意味を理解ができなかったゾロが「は?」と間抜けた声を漏らす前に、サンジが「ハハハ」と大袈裟に笑う。

そこでやっとその意味を理解した。

「ふざけんな!やってねぇよ!断じて手なんて出してねぇ…。お前ら二人ともブッタ斬んぞ!」

あまりに顔を真っ赤にして怒るものだから、ナミもサンジも驚きのあまりに息をするのも忘れてしまっている。

「肩の怪我、チョッパーに見せろつってんのにいつまでも顔出さねぇから探してんだ!ふざけんな!」

窓ガラスが揺れそうなほど大声で行われた状況説明。それを視聴者二名が受け止めるのには、三拍の間があった。

一気に言い切ったせいか肩で息をするゾロに、やっと気を取り戻したナミが言う。

「ってかさぁ、アンタはなんでそんなにイオナに構うわけ?」

「なんでって、怪我してんだから…」

「今のことを聞いてんじゃない。毎日のこと。日常的によ。」

その言葉にゾロは口を閉ざすしか出来なかった。ことの発端はビンタである。

が、しばらくするとそれ自体がおまけのようについて回る事柄となり、今では─。

言葉を探すそぶりを見せる彼を前に、ナミはフフンと余裕で鼻から息を吐き、キッチンへと目を向ける。

「サンジくんさぁ、ちょっと外してくんない?男と女の大事な話をするから。」

「え、あぁ。良いけど。」

その時のサンジの目は、この状況に相応しくないほど羨ましそうだった。

しかし、ゾロにとってはまったくもって良いことな気がしない。むしろ変わってほしいくらいなのだけど、そんな訳にもいかない。

バタンとドアが閉まる。

サンジが退室した途端、ナミは椅子からお尻を浮かし、顔をグイっとゾロに近づける。

それに合わせてゾロが仰け反ったのは言うまでもなく…

「ゾロ。ひとつ聞くけど、イオナの気持ちを知ってて優しくしたり、追っかけ回したりしてるの?」


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