ゾロ | ナノ


展望室。

ダンベルを持ち上げながら、ゾロは呟く。

「めんどくせぇ奴だな、まったく…。」

結局サンジを上手くあしらえず時間を食った上に、イオナにも逃げられてしまった。

あの男はいいところでいつも現れる。
邪魔するつもりしかないのだから、それが当たり前なのだろうが…。

あのくだりはこれで一体何度目だろう。

最初は『何故、自分はビンタされたのか』を訊ねたかっただけだった。

それを知りたくて、それが気になって、懸命に訴えかけていた。

「話をさせてくれ。」と。

しかし、彼女は尋常じゃない速度で逃げ出し、目も合わしてはくれない。

追い込んだところで、うつむいたまま電池の切れたおもちゃのように硬直してしまう。

そして、サンジが現れた途端に、そそくさと撤退し、しばらく姿を見せなくなるのだ。

これはどう考えても…

「俺、嫌われてんのか?」

そのことを思うだけで、ズシンッ。と胸に重石がのし掛かる。

ぶっちゃけ、今となれば『ビンタのことなど』どうでもいいと思ってしまっている。

重要なのは『何故、避けるのか。』だ。

じゃあ、自分はどうして追いかけ回してまで"相手の気持ち"にこだわるのか。

そう考えた時、無意識に鼓動が早くなった。その上、筋肉が緊張して、無意識にこめかみに力が入る。

重たいダンベルを床に置き、この自分の無意識の動揺を抑えるべく、深く瞼を閉ざした。

「俺はいったい何を…」

ここのところ、イオナのことを考える時間が増えていると自覚しているだけに、本人を目の前にすると居ても立ってもいられず、衝動的に駆け出してしまう。

相手は相手はで、まるで野生の猫のような洞察力と瞬発力でこちらの動きを察知し、すぐに逃げ出すのだ。

だから、余計に気になってくる。

どうしてそんなに避けるのか、と。

「なんで俺が嫌われんだよ…。」

セクハラまがいなことをイオナに言い続けてるわりには、ナミにご執心なサンジになついてるってのに…。

俺の方が絶対ぇ強いし、真面目で優しくて落ちついてんだろうが。

負けるとこなんかねぇよ、エロコックになんてよ。

無意識に心中に沸き上がる、三下な台詞。

いかんいかんと、頭を左右に振って思考を改めた。といっても、考えるのはまた、イオナのこと。

今日は大失態だった。

ぶつかる前にアイツをこっちに引き寄せてれば、怪我なんてさせる結果にはならなかった。

たぶん、ビンタされただろうが。

「ちゃんと冷やしてんだろーな、アイツ…」

苦い顔をしながら、ゆっくりと腰を上げたゾロはあの瞬間の彼女の痛がりようを思い出して、手のひらで額を押さえる。

「あぁー。悪いことしちまった。」

顔真っ赤だったよな、アレ。

頭打って熱出たら死ぬんじゃなかったか?

自分やルフィのような頑丈な人間ばかりじゃないことくらいわかっているからこそ、少々心配になってくる。

ナミやロビンと比べても、アイツめっちゃ貧弱そうだよな…。

重たい腰を上げ、だらだらと歩きだす。

「世話の焼ける女だな、まったく…」

そう呟いたとき不意に口元を緩めてしまったことには、特に意味はないと自分に言い訳しながら。

◆◇◆◇◆◇◆

ゾロは静かにノブに手をかけ、わずかにドアを開け中を覗きみる。

それがらしくない真似だとわかっていても、サンジと顔を合わすのがめんどくさい上、イオナとここで鉢合わせするのは避けたかったためそうするしかなかった。

ちょうどダイニングにいたのはナミだけ。

一応辺りを見回して、キッチンにアレが居ないのを確認した後、いつものようにドカドカと部屋に足を踏み入れる。

「ようっ。」

「あらゾロ。また、イオナのこと追いかけ回したんですってねぇ。」

彼女の含みのある笑みと意味深な言葉使いのせいで、心中が読まれているのではと胸がドキリと跳ねた。

たじろぐゾロをよそに彼女は続ける。

「せっかく追いかけっこするんだったら、砂浜でやんなさいよ。」

砂浜…。
あぁ、たしかにマストねぇしな。

「砂に足取られるし、すんなり追い込めるんじゃないかしら?」

その方が、アイツも疲れねぇしな。
良いこと言いやがるな、ナミのくせに。

ナミの意図とは反して、朗報を耳にした気分になったゾロは「あぁ、そうするわ。」と短く答えた。

「それでな、ナミ。」

彼女の正面、ではなく斜め向かいにあえて腰かけ、ためらいがちに声をかける。

「なぁにぃ?」

「いや、その…。アイツ、顔とか頭ちゃんと冷やしてたか?」

「冷やす?なんで?」

ナミは興味深げな表情で小首を傾げる。そんな姿をみているようでみていないゾロは、一連の流れと彼女の激突後の様子を説明した。

うんうんと相づちを打って聞いていた彼女の視点は、ゾロの予想とは少しズレたところを捉えてた。

それに気がついたのは

「へぇ、顔が真っ赤、ねぇ。」

と、楽しそうに小さく呟いたから。
ついカッとなりバタンと大きく椅子を鳴らして立ち上がり、荒く大きな声で主張する。

「問題はそこじゃねぇよ。つっーか、心配じゃねぇのかお前は!」

「え?なにが?」

「頭打ってんだよ。冷やしてねぇなら、冷やすもん渡してやんねぇと…。」

向けられている冷やかしの眼差しに気がつき、ようやく熱くなってしまっていた自分の言動を省みる。

当然ではあるが、死にたいと思える程度の羞恥心を覚えた。

が、ここまでくれば仕方ない。

「持ってってやってくれよ。俺は、お前に頼んだからな!」

なんで自分がここまでイオナのことで気持ちが昂るのかは後で考えることにして、今はナミに任せるのが先だ。

「頼む時の言葉は?」

「─任せた。」

「じゃなくて?」

「──おねがい、します…。」

「はぁい。よくできました。」

ムカつく女だな、マジで…。

得意気な笑みを浮かべるナミに、視線のみで文句をけてそそくさと部屋を後にする。

自分がなにをしてしまったのか、ゾロはイマイチ理解していなかった。


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