あんな強い酒を飲んだせいだ。
自分の身体の火照りをほんの少量の酒のせいにして、イオナは不貞腐れていた。
ベッドの上で身体を丸めて深い溜め息。
どんなに誤魔化したところで、自分自身のことなのだからわかってしまう。
同時に押し寄せる倦怠感と高揚感という真逆の感覚が、アルコールだけのせいだけではないことを。
『今に俺に惚れるぜ。』
あんなキザなことを言うような、チャラい男だったっけ。
そうは思うのに、思い出すと大きく心臓が跳ねるのだからたまらない。悔しい。歯痒い。腹が立つ。
「あんなのただのナルシストじゃん…。ばっかみたい。」
記憶の中のゾロに対して悪態をついても意味がない。それでもそうしていないと、彼のペースに呑み込まれてしまいそうだった。
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翌日
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身体がダルいのは、昨晩口にしたほんの少しのアルコールのせいか、はたまた寝不足のせいか。
イオナはダルい身体を持ち上げ、カーテンの隙間から差し込む朝日の光に目を細める。
『イオナのことが好きだからに決まってんだろ。』
恥ずかしがる素振りもなく、堂々と言い放ったゾロの表情が頭から離れない。
あれほどまでにストレートな告白をされたのは初めてだ。だから余計に、気になって仕方ないのだろう。
それでも…
(だからってキスすることないじゃない!)
無理矢理というより、突然、強引にキスをされたことが許せない。おまけに『惚れるぜ』なんて言いきられてしまえば、抗ってしまいたくなるのも仕方のない話だと思う。
そんなことをグルグルと考えているうちに、気がつけば朝を迎えてしまっていたのだからたまらない。
「ダメだ。なんか飲もう…」
こういうときは一人で考え込むのではなく、誰かと一緒にいたほうがいい。
イオナはそう判断し、サンジが料理をしているであろうリビングへと向かう。当然ながら、その最中も、ゾロの放った言葉が、ゾロの挑発的な笑みが頭の中をグルグルと巡っていた。
ゾロと顔を逢わせなくても済むように、一番乗りで朝食を食べたイオナは甲板の隅にあるウソップ工房のそばに膝を抱えて座っていた。
「なぁ。イオナ。中でみんなと遊んできたらどうだ?」
「そんな気分じゃないんだ。」
「つっても風が冷めてぇだろ?」
「大丈夫。気にしないで。」
一人で居たくはない。ただ、誰かの会話に相槌を打ったり、元気よく遊んだりするような元気はなかった。
何かを発明中のウソップを追いかけてきて、その作業をぼんやりと眺める。
「ウソップはさ、二日酔いとかないの?」
「俺はそんなに飲んでねぇからな。」
「あんなに騒いでたのに?」
「んなこと言ってたら、ルフィやチョッパーはシラフであれだぞ。」
「まぁ、そうだけど…」
以前ルフィに、なぜ毎晩のように宴をするのかと訊ねたことがある。すると彼は食い気味に「海賊だからだ!」と答えた。おまけに、毎晩騒いで疲れないのかと訊ねても「海賊だからな!」と言いきった。
意味がわからずポカンとしていたところを見かねたサンジが、「海賊は命がけだから、楽しめるときに楽しんでおかないと。ってことだと思うよ。」とザックリと補足してくれたことを思い出す。
それにしても暢気すぎやしないだろうか。
「イオナも一緒に騒いでみろよ。飲めなくたって楽しいぞ。」
「うーん。」
ウソップはこんなんで気ぃ使いだ。イオナがいつも輪から外れていることにも気がついていたのだろう。
だからこそ、みていたのかもしれない。
「そーいや、昨日は珍しくゾロと話してたな。」
「え?あぁ…、うん。」
突然指摘され、動揺してしまう。ウソップの様子から辛うじてキスしていたことはバレていないようだが、それでもイオナの胸は大きく跳ねる。
『好きだからこそ欲しくなるもんだろ?』
まるであの瞬間に戻ってきたかのように、鮮明に脳内で再生されるゾロの言葉。
思い出したくない。
思い出させないでほしい。
そうじゃないと…
『今に俺に惚れるぜ。』
繰り返される決定的な台詞。
クソでバカな脳筋野郎に言われた通りになってしまうじゃないか。
「ゾロのヤツはあれだけ飲んでも酔わねぇからな。一度くらいハメ外してる姿を…」
「アイツの話はしないで!」
イオナは思わず声を荒げてしまう。普段はあまり感情的にならない彼女の苛立った声に、ウソップは「なんだ?喧嘩でもしたのか?」と気の抜けた声をあげながら、視線を泳がせた。
「うぅん。そうじゃない。大きい声出してごめんね。」
「いや、俺のことは気にすんな。それより、喧嘩したんなら仲直りしとけよ。」
深入りはせずに助言はする。至ってウソップらしい反応にほっとしながら、イオナは膝を抱えた腕の中に顔を伏せる。
感情的になってしまったことを申し訳なく思いなから、そんな自分を情けなく感じながら…
コンコンとリズムを刻む作業音。それが心地よい振動となり──
………………………………………………………………
冷える甲板で寝落ちしてしまったはず。それなのに彼女の身体は何故だか、ふかふかの布団に包まれている。
(温かい…?)
眠りが浅くなった時にその事実に気がついていたけれど、睡魔に負けそのまま寝続けた。心地いい温さと、温かなリズムにやられて。
けれど、いつまでもそうしていられるわけではない。だらしなく寝返りを打とうとしたところで、初めてそれが異常であると気がついた。なにせ、身体が動かなかったのだから、当然だろう。
「うぐ…ん…?」
グイグイと身悶えしても全くもって身体が動かない。まるで金縛りのようにも思えるが、それが物理的な拘束だと気がつくのに時間はかからなかった。
小さく唸りながら、のっそりと瞼を持ち上げる。
ぼやけた視界。
何度か深く瞬きを繰り返したイオナの視界いっぱいに広がったもの。
それは──
「えっと、えぇ…って、えぇえ!?」
──大きな傷痕の残る、分厚い胸板。
自分が誰の腕の中にいるのか気がついた瞬間に、昨晩同様、咄嗟に腕を突っ張り押し退かそうともがく。も、案の定動かない。
深い呼吸音が頭上から聞こえ、イビキっぽい音もわずかに響いている。どうやら彼はまだ眠っているらしい。
「ちょっと、ゾロ。起きて!離して!」
「んだよ、うるせぇな。」
「うるせぇじゃなくて、添い寝してるの!?」
掠れた声で呻くゾロの身体を、バシバシと叩きながら訴える。
めんどくさそうに腕を持ち上げ、頭をボリボリと掻いたゾロは、再びイオナの身体の上に腕を投げ出した。
「離してよ。私はこんな…」
「んだよ。ウソップが温かいとこで寝かしてやれつってたから、連れてきてやったのに…」
「温かいところって言ったんでしょ?添い寝しろなんて言ってないでしょ?」
「一緒のがぬくいだろ。」
「そういうことを言ってるんじゃなくて…」
不満を漏らしながらモゾモゾと抵抗してみるも、足までも身体の上に乗り上げられてしまい、どうすることもできない。
「重いんですけど…」
「んだよ…。ったく。昨晩あんま寝れなくて、疲れてんだ。寝かせろ。」
「だから、一緒じゃなくていいでしょ?私は自分の部屋で…」
掠れた声で喋らないでよ。
ゾロの声が身体の芯にジンジンと響く。
どうしようもなく溢れてくる照れと羞恥の感情にイオナの顔は真っ赤に染め上げられてゆくけれど、それでも彼は相変わらずの余裕で──
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