イオナは上半身を浮かし、体を捻るようにしてゾロの表情を伺う。
泣き腫らした目が妙に愛くるしく、その重たげな瞼すらも微笑ましい。
思わず吹き出してしまいそうになるが、ここで笑ってしまえばきっとまた変な勘違いをされてしまう。
ゾロはグッと堪え、スプーンをクイッとイオナへと寄せる。
「ほら、食えよ。」
「ありがとう…。」
彼女はぎこちなく視線を泳がせながも小さくお礼を言い、口を大きく開く。
落ち着かない様子の瞳が、舌先が妙にたどたどしくて可愛らしく思えてくる。
そしてスプーンに近づくにつれて、 彼女の瞼は閉じられた。が、故に─。
その舌先がスプーンの先に触れそうになったとき、ゾロはヒョイッとスプーンを自身の方へ引き寄せた。
カプリと口を閉じるイオナ。
無味。というより、なにもない…。
「ん?」
すでにスプーンがそこになく、宙を頬張ったと気付くのに少しだけのタイムラグ。
瞼をそっと持ち上げた彼女は、ハッとした。
「んっ!?」
そこにスプーンはもちろんなく、その代わりに─。
あまりの小動物っぽいイオナの立ち振舞いに、ゾロはついスプーンを引き寄せてしまった。
可愛いと感じる対象をからかいたくなるのは、ある一種の本能のようなもの。
だからこそ、それは無意識のうちにとってしまった愛情表現なのだけど…。
やってしまったと気がついたのは彼女が唇を閉ざした後だった。
やべぇ。
コイツ、そういうのダメだろ。
絶対、絶対来るぞ…。
甦る頬の痛み。このままでは、またいつもの展開になって、取り返しのつかないことになってしまう。
そう考えたゾロの取った行動は、衝動的で、突発的で、それなのに適切で。
瞼を持ち上げたイオナの視界に広がるのは壁。そして扉。
ゾロが居ない?
疑問に思った時、唇に温もりが触れる。
「んっ!?」
唇を閉ざしたまま驚きの声をあげたイオナの体を、少々強引に抱き寄せる。
ガタンと食器が床に転がる音がしたけれど、今はこのまま押し通すしかない。
どこからくるのか、その使命感。
ゾロは彼女が"なにも考えないように"、舌先でその唇を撫でる。まるでそれに応じるかのように、イオナの唇は緊張を解いた。
*****
ゾロの突発的な行動は、一時的な回避であり、その後のことを考えて行われたことではない。
長らくの口づけの後、二人は気まずさに視線すらも交わせない状況に陥っていた。
「だからだ…、その…。」
「な、なにも言わなくていい!わ、私は、私は…。いいの。気にしなくていい!」
先ほどまでの勢いはどうしたと聞きたくなるほどゾロはキョドっているし、イオナはいつも通りのよくわからない反応。
顔を真っ赤にして頭をブンブン振る彼女を前に、大事な言葉を言い出せない。
それでも、自分がしっかりしないとと、ゾロは底無しの気合いで勇気を絞り出す。
「落ち着いて、聞いてくれ。イオナ。」
「いいよ、いいよ。突発的に、したくなることってあるよね。仕方ない、仕方ないと思うよ。」
「だからな!俺は話を聞けと…」
「き、聞いてる。聞いてるけど、ダメなの。まだ、まだいろいろ準備がぁああああっ」
このアマ!いい加減にしやがれ!
頭をワシャワシャと掻き乱し、取り乱す彼女の両腕をヒッ掴み、ゾロは大きく息を吸い込んだ。
鼻先がくっつきそうなほどに顔を近づけ、目を真ん丸くするイオナに言い聞かすように言う。
「俺が言いてぇのは、そんな言い訳めいたことじゃねぇよ!」
「へっ?」
そして、神妙な面持ちで畳み掛ける。
「受け入れてやるつってんだよ。」と。
その言葉にイオナは口をポカンとあけて、考え込む。
ゾロってば主語がないよぅ。
いつもなら加速した妄想が脳内を飛び交うところだが、イオナの頭の中は先ほどのキスの影響か回転が遅い。
な、なんのこと言ってるんだろ。
受け入れるって…、まさかビンタのことじゃないよね…。
いやいやそんな訳がない。
「な、何を…?」
「お前だよ。だから、イオナも俺を受け入れろ。全部。」
全部って、そんな、そんな…。
「それは、その…」
「大事にしてやるから、もう訳わかんねぇ誤解すんな。俺の話を聞け。ビンタはかまわねぇが…、その、威力を抑えろ。」
「待って、ちょっと待って…」
真剣な表情のゾロがただ瞳に映り込む。真剣なゾロの声が鼓膜に流れ込む。その空気が緊張を生んで─。
「ゾロ、あのね…。」
「なんだよ。」
「ビンタしてもいいとか、ドMなの?」
─言わなくたっていいことを口走ってしまう。
自分でやってしまったと気がついたのはすぐ後で、あわあわと唇を震わせるイオナ。
─コイツはほんとに…
そんな彼女をみてゾロはただ呆れたように笑いながら、その身体を強く強く抱き締めた。
next story→
prev |
next