ゾロ | ナノ


「認めたら楽になるわよ。いっちゃいなさいよ。」

ナミの優艶な口車。ゾロの肩はフルフルと震えている。イオナは重たい身体をそのままに、意識だけを集中させており─

「好きなんでしょ?イオナのこと。」

その言葉に絶句する。

それと同時、ゾロはポツリと呟いた。

「だったらなにが悪い…」

「え?なになに?聞こえなーい。」

「俺がコイツを好きだっつたら、何が変わるってんだよ。お前にはかんけぇー」

そこでゾロは言葉を詰まらせた。

なぜなら、ポカンと口をあけて硬直するイオナに気がついてしまったから。

二人は視線を交えたままさらに硬直する。

そんな二人を見比べながら、ナミが冷やかすように口笛を吹いた。

「待て、イオナ。これには訳が…」

「なに?この後に及んで言い訳?」

「ナミ!てめぇは黙ってろ!」

これでもかというほど顔を真っ赤にしたゾロを前に、イオナはどうしていいやらわからなかった。

といっても、点滴で繋がれている上に身体は思うように動かないのだから─どうすることも鼻からできないのだが。

そこでまたナミは言う。

「あとは二人でどうするか話し合いなさいね。私には関係ないことだし。」

散々踏み込んでおいてコレは酷い。

けれど、二人は部屋を後にするナミをわざわざ引き留めたりはしなかった。

賑やかな存在の離脱。
それは結果的に静寂を招く。

無言。からの静寂。そして無言。

ゾロから口を開くことはないだろうとイオナはわかっていたし、ゾロはイオナが逃げ出せない状況であることを知っている。

つまり時間はいくらでもあるのだ。

もうちょっと頭をスッキリさせてから話をちゃんと聞くべきだと、いつもよりずっと冷静な彼女は考えていた。

今のイオナは充分なほど落ち着いているのだけれど、─むしろ、常日頃から点滴に繋がれていた方がゾロとしてありがたいのではないかというくらい澄み渡った思考を持ち合わせているのだけれど─本人はそうとは捉えていないようだ。

一方ゾロと言えば。

今のは不可抗力だ、ナミの罠だと、現実逃避をしたがっていた。

しかし、言葉は言霊。意思を宿している。

好きだと口にした相手が目の前にいると、ドキドキしなくもない。

ましてや、自分は散々彼女を心配してずっと付き添っていたのだから。その感情を否定しようにもしきれなかった。

想いが先か。言葉が先か。

そんなことは今となっては知り得ない。

それでもやはり、"勘違いかもれしない"と自分自身で否定を繰り返す。

自己分析と現実逃避を繰り返している彼の視界の中で、イオナがモゾモゾと身じろぎした。

反射的に声をかける。

「どうした?」

「喉、乾いたから…」

「あぁ。身体起こすか?」

「うん。」

ゾロはそっと手を差しのべた。イオナはいつものような鋭い反応はみせず、素直に従う。

そんな汐らしい様子に彼はまた胸をときめかせたのだけど、それを彼女が知る術はない。

「ありがとう。」

身体を起こした彼女にゾロはストローを差したミネラルウォーターを手渡し、背中のところに枕を差し込んでやる。

少しは楽になるだろうという配慮だ。

一気にボトルの半分程度を飲み干した彼女の手から、そっとボトルを受け取りテーブルに戻す。

イオナはそんなゾロを熱っぽい視線で見守っていた。

「大丈夫か?」

「うん。喉渇いただけだから。」

ちょっとピントのずれた返答に、思わずゾロは口元を緩める。

喉が渇く度に40℃を越える発熱をしてたら、人間の大半は死んじまうだろう。

そんな突っ込みを入れるほど、彼は意地悪ではなかった。代わりに、再び無言となってしまうのだけど。

「あのね…」「あのな!」

同時に口を開いて、声が重なり沈黙。

息が合う。全くもって気の合う二人。

行動を思い起こしてみれば、二人とも頭で考えているわりには行動だけが突っ走っており、似た者同士であるような気もする。

どおりで端からみれば、じれったいと称される訳だ。

無言のまま数分。

「わ、私からは何も言わないから!」

先に口を開いたのはイオナだった。しかも、状況を丸投げするような 言葉。ゾロは思い詰めたように、青筋を痙攣させながら口を閉ざす。

それを見た彼女は少々焦った様子で言葉を付け足す。

「で、でもゾロが何か言ってくれるなら、返事くらいはするから…。」と。

あぁ、返事をしたいわけだな。

そうわかっても、彼女が期待している単語は、そう簡単に口にできる言葉ではない。

ゾロは考える。どうするべきか。

そうこうしている間にもイオナの身体のダルさが払拭され妄想力が回復しているだなんて知らず、慎重に考える。

そして時間は経過し。

十数分後。ゾロは覚悟を決め「悪い、イオナ!」と、深く頭を下げた。

それは待たして悪かったという意味の謝罪。が、彼女はそうはとらえていない。

イオナの頭の中は待たされている間にネガティブモード全開で、他人が覗きみるには耐えないのどの憂鬱モードとなっていた。

そんなことはもちろん知るよしもなく、ゾロはやはり慎重に言葉を紡ぐ。

「俺は、お前のこと─」

言葉の途中、ガバッと頭をあげたゾロの表情は重々しく、イオナの泥沼思考は加速。涙でその顔はみるみる歪み─

「まて、最後まで話を…、痛ェッ」

彼女の変化に気がついたゾロの抵抗も虚しく、イオナの手のひらが彼へと迫り…。

パッチーンッ

その頬には美しいまでにくっきりとした、もみじマークを刻みこんだ。

「ゾロなんて、ゾロなんてっ、もう知らない!絶対後悔させてやるんだからぁっ」

告白する予定がまるで別れ話。

ゾロはやってしまったと項垂れるが、布団にドカッと潜りこんでしまった彼女の腕から勢い良く抜けた点滴の針を見て思う。

こりゃマズいな。

弁解も必要だが、今は体調を万全にしてやるほうが先。

ゾロは真っ赤な頬を押さえながら、チョッパーを呼びに行くハメとなってしまったのだけど─先ほど固めた、イオナと向き合う決意はまったくと言っていいほどに薄れてはいなかった。


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