ゾロ | ナノ


「ありがとう。でも、どうかしてるよ?」

バタバタと走り去りながら、彼女はまたもや捨て台詞を吐いた。

「どうかしてんのはお前の方だろーが。」

ゾロとしては突っ込まざる得ない状況であり、一体何事だと文句も言ってやりたいところだったが─一言目にお礼の言葉を告げていたことを思い出し、言葉を飲み込んだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

またやっちゃったよ。

肩の痛みより、手のひらのジンジンとした痛みの方が強烈だった。イオナは部屋を飛び出してすぐに立ち止まり、自身の手のひらからリビングのドアへと視線を移す。

あぁ、でも一応お礼言えたし…。

捨て台詞みたいになっちゃったけど、大丈夫かな。聞こえてたかな。

それにしても、

「やっぱり優しいな、ゾロ。」

右肩へと軽く手を触れ、夢見るような口調で呟く。

あんなところまで迎えに来てくれた上に、傷の手当てまでしてくれた。自分のために何かしてくれたことがうれしい。それが、自分のためだけなら、なおうれしい。

そんなことを考えているうちにビンタしてしまった事実から、助けてくれた出来事へと意識は移り変わってゆく。

「ふへへ、かっこよかったしね。」

彼女の頭のなかでは、すでに助けに来てくれた際のゾロがリピート再生されており、ビンタしてしまった罪悪感からは解放されていた。

これだけ気持ちの切り替えが早い彼女が、一人の男を長く好きでいられることも不思議だけれど、それもまたゾロのもたらす効果だと言い切られてしまえば納得をせざるを得ない気もする。

意識は記憶の中のゾロへと捧げたまま、イオナは自室に向けて歩き出す。

「貸し一つって言ってたっけ…」

何でお返ししよう。こういう時って、してほしいことを聞くって言うのが一番だよね。でも、エロいことさせられたらどうしよう。

全くもってそれは彼女の願望である。

あぁ、結構うれしいかも。
さすがにお外は恥ずかしいけど、でもゾロが"そこまで言うなら"やってみたいかな。

もちろん彼は何も頼んでなどいない。

しかし、彼女の想い描くゾロは執拗に迫っているようだ。紅潮させてた頬を両手で押さえ、とろけた瞳を爛々と輝かせる。

危うさをも匂わせるそんな妄想を、イオナが繰り広げているだなんてゾロが知るよしもなく…

「ゾロってイクの遅そう…ふふっ。」

などという失敬な呟きを漏らされていることを、知るすべもない。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ヘックシュンッ…、風邪か?」

冷たい夜風をあびながら、何時間も彷徨いていたのだから風邪を引いてしまった可能性はある。

アイツ、大丈夫なんだろーな?

散々酷い妄想の餌食となっているにも関わらず、それに気がつくこともなく、ジンジンする頬を押さえてイオナの心配をするゾロ。

彼の気苦労の種はいつ解消されるのか。

「風呂、はいるか。」

彼はゆっくりと腰をあげ、部屋を出る。

イオナが去ったばかりの廊下を歩きながら、背中に感じていた温もりへと想いを馳せて─

ちいさく微笑んだ。

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