バンッ、バンッ、バンッ
3発の銃声が闇夜に響く。
全力疾走していたゾロは足を止め、ハッと顔をあげる。硝煙こそ見えないが、どちらからその音が聞こえたのかはすぐさま理解できた。
なんとなくではあるが、そこにイオナがいるような気がする。しかし、
嫌な予感しかしねぇな…。
彼は一瞬顔をしかめるも、すぐさま気を取り直す。
今は一秒でも早く迎えに行ってやらないと。
そんな義理はないハズなのに、妙に強く使命感を感じ─ゾロは拳を強く握りしめる。
「無事でいろよ。」
ポツリと呟きを洩らし、銃声の轟いた方角へと走り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あまりにも勢いよく抱き寄せられたため、その人の胸板にイオナは強く頬を打ち付けた。
それと同時。
バンッバンッバンッ
三発の銃声がすぐそばで轟き、自分を抱き寄せている人物の身体がそれに合わせて振動したのがわかった。
じゅ、銃声?
銃の反動?
ゾロは銃なんて使わない…
つまり…
「ぞ、ゾロじゃない!?」
イオナは立場をわきまえることなく、外れくじを引かされたと言わんばかりのショックを隠そうともしない声をあげる。
じゃあ、私は誰の胸の中に?
ダメだ!私、こんなの認めない!
衝動的に腕を胸板に突き当て、身体を引き離した彼女の目に映るのは─片膝をついてしゃがみこむ、十代半ばのまだ少年と呼ぶべきであろう男の子だった。
が、イオナを驚かせたのはまた別の現象。
「血ぃ、ゾンビなのに血!?」
3発の銃弾を浴び、ドサリと倒れたゾンビ(だと思っていたソレ)から流れ出た血液が、ゆっくりと彼女の足元へと迫っていたのだ。
イオナは限界まで足を折り曲げ、その血溜まりに触れないようにする。
血溜まりはなおも範囲を広げており、わずかに覗く月の光を浴びて不気味に輝いていた。
「ゾンビじゃないよ。けど、血には触らない方がいい。血液感染する病気を持ってる可能性が高いから。」
「け、血液感染?びょ、病気?」
「そいつは薬物中毒者。薬欲しさに追い剥ぎやってたんじゃないかな。」
「薬物?中毒?お、お、追い剥ぎ?」
すでに混乱ぎみのイオナの脳には刺激が強すぎた。
ゾロ以外のことでここまでたくさんのことを考えなくてはいけない経験がなかっただけに、彼女はただ困惑の声をあげることしかできない。
それによほど腹を立てたのか、少年は嫌になったような顔をしてボソリと呟く。
「ほんとにおねぇさんってなんにも知らないんだね。殺されれば良かったのに。」
淡々と感情のない声で吐き出された言葉。
ポカーンと口をあけて固まるイオナをみて、少年は屈託のない笑みを浮かべる。
だからこそ余計に混乱した。
殺されれば良かったのに。
少年の発言の意味を理解するのに少しばかりの時間を要した彼女だが─表情と言葉を切り離して考え─やっと気がついた。
彼も無知過ぎる相手を前にして腹を立てているのかもしれないが─少なくとも、わざわざ助けた相手に投げ掛ける言葉ではないハズだ。
なにかがおかしい。
「へ?」
イオナは間抜けた声をあげながら小首を傾げ─少年は優しい笑みを浮かべたまま、彼女に銃口を向けた。
刹那─。
少年の背後から跳躍する一つの影。
なに?
銃口から視線をそらし、暗闇に目を凝らすイオナに向けて、影は叫ぶ。
「イオナ、伏せろ!」
その声が誰のものか、彼女が気がつかない訳がなかった。
ゾロだ!ゾロが助けにきてくれた!
イオナは感動のあまり、伏せろと言われたにもかかわらず、咄嗟に立ち上がってしまった。
おい、バカッ!
ゾロは叫びたかったが、もうすでに間に合わない。
本当は背後から少年を羽交い締めにして、発砲を阻止しようと考えていた。
しかし、この状態では彼が誤って引き金を引いてしまった時、銃弾がイオナを貫いてしまう可能性がある。
それでは本末転倒だ。
コンマ一秒の間で行われる作戦変更。
戦闘に慣れているゾロにとっては、容易いこと。
許せよ、クソガキ。
彼は心の中で簡単に謝罪しながら右手で手刀を作り、地面に着地すると同時、こちらを振り向こうとしていた少年の首筋を強く打った。
わずかに砂ぼこりをあげながら、ヒラリと舞うように地に足をつけたゾロ。
カシャリ…
それを追うようにして、銃が少年の手を離れる。続いて少年もバタリと音を立て身を地に伏せた。
ゾロは銃を蹴り飛ばすことで少年からそれを引き離した後、熱に浮かされたような表情のまま硬直するイオナに向き直り─
なんちゅー、顔してんだよ。
─まるで心境をごまかすかのように胸中でボヤくと、サッと視線をそらした。
そんな彼の仕草に、よりいっそう彼女が目を輝かせたのは言うまでもなく。
んな顔されたら、文句の一つも言えねぇだろうが!
結果的にゾロは自分の首を閉めるハメとなってしまったのだけど、それでも彼はなんとか言葉を絞り出す。
「俺はお前を許した訳じゃねぇからな。」
それはどうもかっこの悪い台詞となってしまった訳だが、彼女は関係ないらしい。
「─…っ。は、はいっ!」
今にも飛び上がりそうな勢いで大きく頷いたイオナは、背中を向けて歩き始めたゾロに遅れぬように一歩を踏み出し─
「い、痛ッ。」
足を庇うようにして踞ってしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さすがの彼女にも挫いた足を引きずって歩く元気はなく、なんの迷いもなく背中を差し出したゾロの意思に従った。
いつもよりずっと密着した身体。
鼓動のリズムも呼吸の音も重なっている。
頬を撫でる夜の風は冷たいけれど、熱を持った頭を冷やすにはまだ足りない。
イオナはいつも通りのお花畑な脳みそをフルに活用させ、その腕に力を込める。
やばい!ゾロやさしすぎる。
助けに来てくれた。どうしよう。
かっこよすぎる!素敵すぎる。
あぁ、でもどうしよう。
私デブとか思われたらどうしよう。
まるで先ほどまで命の危機にさらされていたことなど、なかったことのような思考回路。
しかし、今度ばかりはゾロも負けてはいない。
背中にぐいぐいと押し付けられる二つの膨らみに意識は奪われており、耳元を掠める彼女の息づかいに緊張を覚えていたのだから。
「貸し一つだからな。覚えとけよ。」
「は、はいっ!」
初めて過ごす穏やかな時間をそれぞれの想いを胸に秘め、妙な緊張感の中で少しずつ距離を縮めた、のか。
それはまた別のお話。
「あのね、ゾロ…」
「どうした?」
「お酒臭いよ?」
「─…。捨てて帰るぞ…」
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