ゾロ | ナノ


─ゾロの身体へと覆い被さっていた。

それだけならまだよかったのかもれしない。そう。それだけなら。

「@●%£@¢◆ッ!!!」

ゾロの吐き出す声はその弾力により押し潰され、全く意味を持たない音となる。

状態の掴めていなかったイオナは、自身の顎に当たる緑髪と胸部に感じる蠢きによりある程度を理解し─

「あっ、ひゃあっ。」

淫靡な声をあげながらも、上半身をバッと持ち上げた。

ゾロの顔が真っ赤なのは、胸に圧迫されたからか。それとも、胸そのものの弾力のせいなのか。

ただ彼にわかるのは、良からぬ部分が反応してしまっていることと、全身の血がその良からぬ部分と顔面に二分割され集められていることだけ。

このとき彼はやっと認める。
あの煩悩は悪い何かではなく、自分そのものであると。

そこで二人の視線が、ガッチリと噛み合った。

ビンタ…くるか?

瞬時にそう予測した。それでも、すぐさま諦めるべきではないと判断し─

「お、お、俺は決して─」

ゾロは両手をイオナの眼前にかざし、まぁまぁとなだめのポーズをとる。対する彼女は、予想外の反応を見せた。

熱でもあるのかと思うほど、とろりとした表情のまま胸を押さえて動かないのだ。

なんで…だ?

そんな様子を不自然に思いながらも、彼は言葉を続ける。

「これは事故だ。俺はそんなつもりは微塵もなかった。」

「そ、そうだよね。うん。そうだよね…」

彼女は照れくさそうに笑う。下から見上げる形となったその姿は、絶妙にエロい。そう考えているのは確実にゾロ自身である。

いつもは組み敷いてばかりの上に、まったくのシチュエーション不足だったからだろうか。

なんだかよくわからないけれど、真理の扉に触れているような気すらしてきた。

ゴクリ。

彼の生唾を飲む音が二人の空間に響く。それは確実に彼女の耳にも届いていた。だというのに、全く反応を見せない。

このとき、イオナはただ、どうしよう。と心中で呟きながら、赤面し続けることしかできなかった。

足が、足がぁ…。

彼女が珍しく、汐らしくしているのは、足が痺れて逃げられない事実を前に困惑しているから。

咄嗟の照れ隠しビンタを、無意識に封じてしまうほどの困惑。

一度は身体を交える覚悟すら整えていたはずなのに、もうすでに彼女の中にその事実は存在していない。

そこにあるのは、好きな男に股がって、その人の顔面におっぱいを押し付けてしまったという事実だけ。

「ゔぅ…」

「な、泣くな、な?」

「あ゙じがじびれでぇ…」

言葉を紡ぐも涙が喉につっかえて、全てを濁音と化してしまう。それでもゾロは理解できたらしい。

「あ、あぁ。なら下ろしてやるよ。」

彼は安心したような声でそう言い、ひょいッとイオナの身体を持ち上げ、床へとおろした。

さすがにその体勢のままで持ち上げられたことに驚いたが、そんな超人じみたパワーを駆使することのできるゾロもかっこいいと彼女は場違いなことを考える。

「あでぃがどぅ…」

「おうっ。」

彼自身はよほど疲れているのか、上体を起こそうともせずバタンと両腕を投げ出した。

まるで一仕事終わったかのような、困惑の笑みを浮かべながら─。

その笑顔の意味を彼女が勘違いするのはもちろんのこと。

自分に向けられている"優しい笑み"にイオナは過剰に照れ、視線を彼の足元の方へと泳がし…


「あ!!!」

母音を出すのがやっと。そんな彼女の驚きの声の意味を、ゾロが理解するのに1秒もかからなかった。

イオナの視線の先がとらえているのは、ある意味ゾロ自身なのだから。

「こ、これはあれだ!」

反射的に身体を起こし、弁解を図る。言い訳になるとわかっていても、言い出さずにはいられなかった。

冷静に考えれば、ランジェリー姿で特攻をかけようとしてきていた相手に、わざわざ弁解する必要もないのだけど。

それでもゾロはそこまで、異性を軽視してはいなかった。

「生理現象だ。俺は別に…」

目を真ん丸くして顔を真っ赤にしたイオナと、カッチリと視線が噛み合う。

刹那、ゾロは反射的に目を閉じた。

これはあれだ。
もう修行かなにかだ。

心中でそう考えながら。

………。

……………。

………………。

しかし、いくら待ってもその時は訪れない。

「─…?」

恐る恐る瞼をあげると、鼻先のぶつかる位置まで彼女の顔が迫っていた。

今度はなにを勘違いしやがった!?

思わず身を引いてしまう。その動きに気がついた彼女は一瞬驚いた表情を浮かべ─

「剣士は色が好きなんだからね!」

などという、よくわからないことを告げ、勢いよく立ち上がった。

どうにか自分の早とちりを挽回したかったらしいのだけど、ゾロからすれば意味不明にもほどがある。

「ちょ、意味がわか…」

ゾロはここで言葉を区切る。否、彼はここまでしか言えなかったのだ。

何故なら…

学習能力が薄いのか、足を痺れさせたまま立ち上がったイオナはバランスを崩し

「ひゃっ」と愛くるしい声をあげながら

─グシャリ。

「うガァッ、がぁ、ひぃ─」

踏み込んだ足でゾロの"ゾロ自身"を踏みつけてしまったのだから。

「ご、ごめんなさい。わ、わたし…。」

あまりの出来事に、踏みつけた本人も動揺と焦りを拭えない。故に、なにがどうしてそうなったと言いたくなるような、奇想天外な言葉が口から溢れてしまうこともある。

イオナは思いっきり息を吸い込むと、全身の力を込めるかのごとく声を張り上げ─

「ゾロ、ゾロのおもったよりちっちゃいね!ご、ご、ごめんなさぁーい!」

どうでもいい酷評を悶絶する意中の男に叩きつけ、走り去ってしまった。




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